New Semester(4)
ならばなぜ黙っているのか疑問に思うことは数多くある。
「落ち着いてください」
俺が何か言う前に止められる。
「知っていると言いましたが、それは解像度の低い監視カメラの映像からの推測の域をまだ出ていません」
「だが心当たりはあるんだろ?」
「そうですね。確かにあります。しかしながら僕の記憶との辻褄が合わないのです」
「辻褄だと?」
一体どういうことなのだろうか?
千手院先生は声のトーンを少し落とし自信無さげに言う。
「そうです、僕の記憶が正しければ、既に刑に処されているのですから」
少し言葉を濁しているがここで俺が説明する必要はないだろう。つまりはそういうことだ。
「彼女の名は古賀峯子、軍服からも想像の通りですが、大日本帝国の軍人です」
「軍人ですか?」
正直言おう。俺の考えていたものとはスケールが違い過ぎて驚きを通り越して固まってしまった。
「そうです。そしてそれは僕がここに来るずっと前の話です」
言葉を濁すあたり、あまり詳しくは話せないことなのだろう。
ただ、言葉の裏を考えると千手院先生は一体何歳なのか少なく見積もっても百歳近くはいっているに違いない。所謂ロリババアというのは図星ということになる。
そんなこと今はどうでも良い。
「僕の知る限り、彼女は無能力者……、当時はそのような尺度が存在していませんでしたが、間違いなくそうだったと断言できます」
超能力者の存在が分かって来たのは太平洋戦争終末期以降の話になる。
「では後天的なものなのか?」
「それか能力者であることを僕に隠し通したか、ということになります」
「どちらにせよ、今後の対策が重要になりそうだな」
随分の話を深堀してしまったがA4の用紙に目を戻す。
「犯行目的は不明ですが、被害者は何方も軽症で済んでいます」
軽症とは言ったがどの被害者にも共通する事項が三点あるそうだ。それは必ず首筋に二ヶ所刺されたような傷があるということ。その外傷を受けた被害者の全員が女性であること。非被害者全員が能力者であること。
文章上で首筋の傷は「噛み付かれたような」という表現がなされている。
「これじゃまるで」
「「吸血鬼」」
「ですか?」
俺の声に被せる様に千手院先生が言う。戸村との会話の時と同じだ。俺の思考を読んできたのだ。
「首筋を噛む事に意味が見出せないが……」
そういう演出という可能性もあるだろうが「他の外傷を受けた被害者は抵抗したことによるもので、無抵抗だった者はその傷だけで済んでいる」という主旨の表記を下のほうで見つける。
吸血と仮に言っているがその逆も考えられる。例えば毒や薬物を注入するなどだ。
「これじゃあまるで吸血することが目的みたいに見えるな」
「そうですね。今のところ傷と目的に関連性を見出せてはいませんが、それが目的と見て間違いないでしょう」
「噛まれたことによって他に身体的な異常はなかったんですか?」
「診断結果を見る限り、何か有害な物質を注入された痕跡はありません。被害者は不普段通りの生活に全員復帰しています」
「では目的は吸血という路線でいいんだな」
「現状は、という風に前置きしておきましょう」
今後の対策としては、既に行なわれている事柄から説明しよう。まず俺たちに護衛を付けるためLEGEND月宮高等学園東京分校から東條羽珠明の派遣。風紀委員会、軍事委員会及び生徒会執行部による地域見回りの強化。部活動の下校上限を二十一時から十九時への引き下げ。風紀省による巡視の強化。以上4つになる。
今後の追加措置としては、監視カメラの増設及び監視体制の強化、生徒会に休日当番制の導入の三つが掲げられている。この中でも特に生徒会に皺寄せがいっているような気がしてならない。休日もトラブル対応を強いられるのだろうか。
「事件についてのまとめは以上です。何か状況に変化がありましたら、随時連絡しますが何か質問はありますか?」
「いいや、特にないが……」
質問は無い。だが今後の生活において不安な点はいくつか残る。