New Semester(3)
月代も月宮と同じく教員一人一人に部屋が割り当てられたおり六畳間よりも広そうな部屋へと案内される。
部屋には仕切りがあり奥がパソコンデスクで手前が応接間のようになっており背の低いテーブルの両側に二人掛けのソファーがあるだけで殺風景だ。俺たちと同じでまだこちらに来て日が浅いのでこれが既存のレイアウトなのだろう。壁には予備の巫女服と刀が数本かけられている。
「ソファーにかけて待っていてください」
「はい」
俺が座るとイリスも横に座る。そして制服の胸ポケットから顔を出していたぬいぐるみのヒヨちゃんをテーブルに置いた。俺が上げたぬいぐるみだが予想以上に気に入ったらしくおはようかたおやすみまでいつも一緒にいるような気がする。
少しするとお茶プレッソで入れたお茶と東京バナナが出てくる。
「東京のお土産と言っても見慣れているかもしれませんが、教員に配って余ったのでどうぞ」
「見慣れてるって言っても月宮は神奈川ですし、そんなに食べたことないですよ」
「それよりあの怪我でよくお土産まで思いつくものですね」
「それには深い事情があるんですよ」
深いとは言ったが聞いてみるとそんなに深くもなかった。こちらへは追っ手から逃れるために一時的に滞在していたのだが、保護の観点から考えた結果、美咲市の方が安全であると言う結論に至り、三月の末に急遽こちらへ転任が決まったようだ。
それで本題の東京バナナだが、三日前にコアラこと国際科つまり俺の元担任である小荒先生に送ってもらったんだとか……。
「あのコアラ……小荒先生と仲が良いとは驚きました」
「そうですか? 小荒さんは元守護科の卒業生で教え子でしたので」
「は? コアラが守護科ですか?」
「小宇坂くんが驚くのも無理はありません。昔は前後衛両方こなす万能タイプだったんですよ」
しかしながら色々あったようで今に至るようだ。ただその部分については一切教えてくれなかった。この事からあまり良い話ではないのだろう。
「お茶好きなんですか?」
暗い話になりそうなので話題を変えることにした。
「そうですよ。これは小荒さんからの送りものなんですよ」
千手院先生はお茶プレッソを指差す。
コアラとは随分仲が良いようだ。今度会ったら聞いてみるもの良いかもしれない。
「そろそろ、本題に入りましょう」
千手院先生はテーブルに下にしまったあった紙を一枚テーブルに置く。
A4のコピー用紙の見出しは『3月中に発生した連続傷害事件の調査結果について』である。文章の頭には『持ち出し厳禁』と朱印が捺されている。
「内容は文章の通りなのですが説明します。3月に十五回に渡り計二十三人が被害にあったこの事件ですが、美咲市へは偽装パスポートで侵入した模様、偽名ではあるが『谷崎照美』を名乗っています。潜伏先は不明ですが、監視カメラの情報から今も花咲区内に潜伏している可能性が高いです」
「あの格好なら、どこに居ても目立ちそうなものだ……」
「僕もそう思いますが有力な情報は入ってきていないことから何らかの能力によりカモフラージュされていると推測しています、また能力については複数の証言を照らし合わせた結果、二つの見解に至りました」
一つ目はある一つの能力を工夫することで複数の能力であるかのように演出しているという見解と、もう一つは本当に複数の能力を持っているという見解だ。
「この目で実際に見た立場から言わせて貰うと後者である可能性が圧倒的に高い」
空間を移動する能力と噴水を凍らせた能力を何らかの関連性を見出すのは困難極まりない。凍らせる能力が絶対零度まで空間に拡散する物質の運動エネルギーを奪えても時間が止まる訳ではないし、俺たちの目の前から一瞬で姿を消すことは不可能だ。逆に空間転移能力で噴水を凍らせるも不可能に近い。
「僕もそう思います。人間が一人当たりに保有可能な固有の能力は理論的には一つですが、彼女は能力を複数保有できる特異な体質であるという仮定をするならば後者も十分にありえます」
「そんな特異な体質、存在しえるのか?」
「一人で複数の能力を保持できる体質のことを並列回路(Parallel Circuit)と呼ばれ、特に一人で二個の能力を保持できる体質のことを二層回路(Dual Circuit)と呼んでいます」
現在、この体質に該当する者は数人確認されており、二つは決して珍しいものでもないことがわかってきている。
「その実例としてアトランティカさんが該当します」
「――――えっ? アイリスが!?」
思わず大きな声が出てしまう。
「能力を上手く制御できるかはさて置くとして、アトランティカさんは三つの能力を形成できるだけの力、正確には脳の構造を持っています」
アイリスが超能力を使えること自体は後天的なものであの事故で放出された大量の『ハイパーティカル(Hi-Particle)』による影響だそうだ。それを考えるとほぼ同じ場所に居た俺も固有の能力を獲得していてもおかしくはないそうだが、……生憎、俺はエクステリアだ。
ちなみにアイリスが能力を三つ保持できるようになったメカニズムは完全には解明されていないが、脳に対して三方向から強力な『ハイパーティカル(Hi-Particle)』を受けた事によるものだと推測しているそうだ。
「……ならば、尚のこと俺も同じ状況になっていてもおかしくはなさそうなのにな」
「そんなに卑屈になる必要はありません。僕は寧ろ『ハイパーティクル(Hi-Particle)』の影響が少なかった事を喜ぶべきです」
「……」
「なぜならあなたもアトランティカさんと同じ状態に置かれてしまっていたならば二人が出会っても新たなストーリーは生まれなかったのだから……。だから小宇坂くん、これは喜ぶべきことですよ」
「……そうですね」
その通りだ。アイリスは三つの能力を獲得した代償として記憶を失ったのだから……。
「よって後者は十分に有り得るのです。……僕の中では断定しています」
断定とは随分と強い言葉を使ったものだ。これについては俺も同意するが……。
「それとこの資料には載っていない事ですが……」
そう静かに前置きする。
「僕はあの女を知っています」
「何だと!?」
俺はその言葉に驚愕した。