Overlooking The Night View(5)
良い事があったら悪いこともある人生とはそういうものだろう。
部屋に入った俺の目の前に現れたのは仁王立ちしているイリスだ。
だがその姿はつなぎのパジャマなので威厳は皆無だ。
「兄さん」
表情にはわからないが、口調は明らかに怒っている。
「ただいま、イリス、どうしたんだ?」
「どうしたのか、ではありませんよ」
「とりあえず玄関寒いから中に入りたいのだが……」
「……いいでしょう」
とても上から目線にイリスを見つめながらリビングに入る。
「兄さん、お話があります」
「着替えてからじゃだめか?」
「……いいでしょう」
やはり上から目線で言ってくる。俺は何か機嫌を損ねるようなことをしただろうか……、思いつかない。寝起きで機嫌が悪いとかそんな感じだろうか。
着替えている間もずっと俺を監視するかの如くジッと見つめていたので「着替えるから向こう行ってくれ」と言ったのだが無視される。
着替え終わると俺とイリスはベッドの上に正座するという異様な光景となる。
「なぜ正座なのかわかりますか、兄さん」
「機嫌悪いのか?」
「違います」
「お腹空いたとか……」
「違います。私はそもそもそんなことは言いません」
適当に言っても全く的外れらしく、イリスの口調は強まるばかりだ。
「……じゃあ、なんだ? さっぱりわからん」
「分からないんですね、兄さん。二回目です」
「もしかして先に帰らせたことに怒ってるのか?」
「私は怒ってなんかいませんが、正解です。私が兄さんの傍に居なければ意味がありません。前もあれほど言ったはずですが?」
イリスを守る必要があるのに離れたことを怒られるならまだしもその逆で怒るとは思っていなかった。イリスは俺を護衛しているつもりで俺はイリスを護衛しているつもりでいるので、俺たちの考えは真逆だ。
「でもイリス寝てただろ、疲れてると思ったからニルとリアに頼んで先に送ってもらったんだよ」
「それはリアさんから起きた時に聞いています。私は寝ているならば起こすべきです」
「いいや、俺はそうは思わない。イリスの体力を考えれば休むことも大切だ」
「それでは兄さんに何かあってからでは遅いです」
「俺は寧ろ逆だろうと思う。イリスを守るために俺たちが傍に居なきゃいけないのにアイリスと居ることを優先したことがいけないんだ。……だから一人にしてごめんな、イリス」
俺はそっとイリスを抱き寄せる。イリスも自然な形で抱きつく。
「……そんなことはないです。ただ私は――」
「仲直りって意味じゃないけど、実はイリスにお土産買ってきたんだ」
「お土産、ですか?」
イリスを軽く持上げてベッドに座らせリビングに置いたままの鉄平ちゃんの派手な袋も持ってくる。
イリスは「何ですか?」と言わんばかりに首を傾げた。
俺はそっと袋ごと手渡す。さっそく中に手を入れて取り出す。
中から出てくるのは手の平サイズのペンギンの雛だ。灰色の毛に覆われ、ぬいぐるみのお腹に入っている泣き笛が入っており、お腹を押すと「ぷー」という音が出る。
ぷー、ぷー。
さっきまで怒っていたイリスから柔らかい雰囲気が伝わる。
ぬいぐるみをギュッと抱きしめ俺の方を見る。
「ひよこ?」
「いやペンギンだ、偶々ショッピングモールの近くのタワーに寄ったときに見つけたんだ」
「そうですか、では名前はヒヨちゃんですね」
ペンギンは見事に無視され、ひよこみたいな名前になったが間違いではない。一般的にひよこと言えば鶏のことを差すが、ひよこは漢字にすれば雛となるから寧ろ正しい。
イリスはヒヨちゃんを両手で持上げてくるくると見上げた後でパジャマのフロントチャックを胸の真ん中くらいまで下ろしてそこにヒヨちゃんの顔だけがピョコッと出るようにパジャマの中に入れた。
その表情は頬が少し緩んでおり笑っているようにも見える。
「ありがとうございます、兄さん。大切にしますね」
「気に入って貰えたなら何よりだ」
「それで話は逸れたが最初に話はどうする?」
「……」
イリスは少し考える。
「兄さんに誤魔化されたような気がしますが今回だけは許します」
「次回からは許可を取ればいいんだな?」
「いいえ、ダメです。兄さんに何かあってはいけないので私は許可を出しません」
どうやら何をしても許可ができないようだ。
これはしばらく保護者同伴が続きそうだ。
イリスの機嫌が良くなったところでニルとリアにLINEを送る。
すると一分と経たずにリアから返信が帰ってくる。
『いいんだよ、それよりアイリスと上手くいった?』
『おかげさまで、ただイリスの機嫌が悪くて大変だったよ』
『ソウスケいないってわかるとかなり不機嫌だったよ』
まあそうだろうとは思ったが……。
『イリスが迷惑かけたな』
『いいのよ、私もイリスちゃんと話せてよかったから』
何を話したのか気になるが深く突っ込むまい。
『そうか、またどこか行くことがあれば誘うよ』
『その時は楽しみにしてるね』
その後にGOODマークの描かれたのスランプが返ってきたので俺も似たようなスタンプを送ったのだった。