Overlooking The Night View(3)
高層ビルを見下ろし街で輝く色取り取りの明かりが小さな点となり無数に遠くまで広がっている。日は既に落ち絶好のタイミングであろう。
展望台は照明が消されており街の明かりだけが三百六十度全てがガラス張りの巨大なから差し込み少しだけ展望台の中を照らした。
エレベーターから降りた俺たちは再び手を繋ぎ直し窓際へと向かった。
「夜景は初めてみたけど、こんなに綺麗なんだね」
「確かに綺麗だ」
入場を制限していることもありエレベーター内の窮屈さとは打って変わって開放的で一番前で景色を眺めることができる。
東京でも夜景は見られるのだが、ここまで感傷的にはならなかっただろう。
「あれがさっきまで居た公園か」
「凄く小さいね」
「三百メートルってこんなに高いんだな」
「あれは駅かな?」
アイリスが指差す先に薄っすらと見れる駅舎、駅から公園までを一直線に繋ぐ先にある建物だ。
「たぶんな、こう見渡すとこの街も随分と大きいものだな」
「田舎だと思ってた?」
「東京に比べればな、だがここに来て東京か、それ以上に発展しているような気がしてくるな」
「東京もこんな感じなのかな?」
「そうだな、でも東京の方が空気は汚いから、こんなに遠くまでは見渡せないだろうな」
「へぇ~、そうなんだ」
アイリスは東京に興味があるのだろうか?
東京と言えば一回は行って見たいと憧れる都市だろう。だが行ってみると案外そうでもない。住みたいとは思わない。そんな都市だった。だが彼女の夢を壊すことはないだろう。
「アイリスは東京に行って見たいのか?」
「一度くらいは行って見たいかな」
「まあ、今年は修学旅行もあるだろうし、一回くらいは行けるさ」
「修学旅行今から楽しみだね。……でも宗助くんは東京出身だから地元に帰るようなものなのかな?」
あれ、アイリスは俺が東京出身だと思ってるのかな?
「俺の生まれはフランスだよ。母方の実家が神奈川県にあるってだけで日本生まれではないぞ?」
「あれ、そうだっけ?」
LEGEND月宮高等学園も神奈川県横浜市にあるし、その辺は近くだから混同しやすいのだろうか。
「だから東京はそんなに案内できないけど、横浜なら地元みたいなものだから案内は任せてくれ」
「うん、その時はお願いするよ」
「それと実家も見てもらいたいし」
「――えっ、実家?」
ちょっと遅れて気づいたがこれではまるで両親……というか正確には祖父母に紹介する流れにも聞こえる。アイリスはその辺に結構敏感だからまた顔をさらに赤くしてしまった。
「待て、アイリス、落ち着け。そういうことじゃない」
「え? じゃあ……」
そういう目的は追々、というか修学旅行までには紹介できるようにはしたいという願望はあるが、それにはまだ早い。
「俺の実家は道場なんだ、だから剣術使いとして見学なんてどうかと思っただけだよ」
「なんだ、そういうことかぁ~。宗助くんはわざと勘違いさせるようなこと言うんだから……。そういうことなら是非見てみたいなぁ」
「時間があればな」
それからは少し静かになり、ゆっくりとこの大都会の摩天楼を二人で眺めた。
足早ではあるがあの長蛇の列を見て長居はできないだろう。
俺に取って千円以上の価値のある思い出になったに違いない。またアイリスもそうであることを祈るばかりだ。
高速エレベーターで下ること三十秒余り、せっかくここまで来たことだし売店を少し診て回ることにした。
売店と言ってもホテルのみやげ物屋みたいな感じで、札幌テレビ塔ならテレビ父さんと呼ばれるマスコットがいるように見たこと偽者みたいなマスコットキャラクターの商品が売られている。
周りのカップルが可愛いと言っていたマスコットキャラクターである鉄平ちゃんを手にとってみる。
「これ可愛いか?」
「う~ん、微妙だね。これならテレビ父さんのほうが可愛いと思う」
形は似ているけど、顔の表情がネタに走ったようなデザインだ。イメージするなら中国版ドラえもんみたいな感じだろうか。それに加えてネーミングセンスもないと言わざるを得ない。どっかのカップ焼きそばみたいだ。……あれは一平ちゃんだった。
俺は何事もなかったかのように鉄平ちゃんを商品棚に戻す。
最近の女子高生は何を見ても「可愛い」と言うイメージだったがそうでもないらしい。
「それならこっちの方が可愛いよ」
アイリスがそっと手に取ったのは真っ白なアザラシのぬいぐるみだった。
「そりゃアザラシの圧勝だろ。それにしてもタワーと全く関係ないな」
まあ土産屋何てそんなものだろう。
「そんなこともないんだよ」
「ん? そうなのか?」
「ここを見て」
商品の紙タグに花咲ヶ丘動物園と書かれている。
「有名なのか?」
「宗助くん、知らないの?」
「……そういうことには疎いんだ」
「ここの動物園は日本有数の観光スポットで全国でも五本の指に入るくらい有名なんだよ」
「そんなに有名なのか」
やばいな、去年一年間はずっと任務のことしか考えていなかったからテレビなんてろくに見もしなかった。こっちに来てからもそんなにこの街について自らリサーチもしていない。
「そうだよ、凄い大きいんだって」
「アイリスも行ったことないのか?」
「去年は修行で急がしかったからね」
「そうか、なら噂の動物園、今度暇な時にでも行ってみようぜ」
「そうだね、夏休みあたりがいいのかな?」
「また近くなったら決めようぜ」
「うん」
これは夏休みが待ち遠しいな。それにしても動物園か……。フランスで暮らしていた頃に一度くらい連れて行ってもらったかも……くらいで余り記憶に残っていない。
「それでそのぬいぐるみ気に入ったのか?」
会話中もずっと抱きしめていたアザラシが俺の方を見ている。
「気に入ったかと言われれば気に入ったよ。それに可愛いし、……でもだからといってぬいぐるみで遊ぶ歳でもないし……」
途中から少し早口で言い訳を始める。
「別に歳は関係ないだろ。男なんて大人になってもガキの時と同じように遊んでるし、そんな恥かしいことでもないだろう」
せっかくのデートなんだから記念に何かないか考えたが流れで上手くいきそうだ。
「ちょっと待ってろ」
アイリスの持っているアザラシをそっと摘んでレジまで持っていく。
鉄平ちゃんのイラストが入った派手なお土産袋を2つぶら下げて戻る。
「はい、これ」
「本当にいいの?」
「もう買ってしまったし、今更返す訳にも行かないだろう?」
「ありがとう、大切に育てるね」
この時、俺が「育てるんかい!!」と心の中で突っ込みを入れたことは秘密にしておいてくれ。
「……それでもう一つの袋は何?」
「ああ、これからそんな対したものじゃないだけどな、……イリスに買っていこうと思って」
袋の中を開けるとペンギンの雛のぬいぐるみが入っている。
「この子も可愛いね。イリスちゃんも喜ぶと思うよ」
「ならいいんだが、イリスの奴は歳不相応の性格だからなあ……」
「でも最近のイリスちゃんは少しずつ人としての感性を身につけつつあると思うよ」
「そうか?」
俺としては思い当たらないこともないが相変わらず無表情だ。
「例えばパジャマ選んだ時とか、顔には出てなかったけど、間違いなく喜んでいたよ」
「俺もそんな気はしていたが……、イリスも人間として成長しているってことなのかな……」
「そうだよ、だから時間はかかるかも知れないけど、きっとイリスちゃんなら大丈夫だよ!!」
売店を出るとまだ大勢の人が並んでおり、その集団を避けるように花咲に駅に向かって歩き出す。
そして俺たちは自然な雰囲気のままそっと手を繋いだのだった。