Overlooking The Night View(2)
「アイリス、手を繋がないか?」
そう言いつつそっとアイリスの左手を優しく握る。アイリスは少し困惑気味だったが俺の手を跳ね除けるようなことはしなかった。
「え、急にどうしたの……ってもう握ってるよね?」
「嫌なら止めるけど、今日はカップルってことにしないか?」
俺は決してアイリスの左手を離さずに左手で料金が書いたある看板をそっと指差した。それを見て少し納得したのか俺の顔を少し見た後で、周りをキョロキョロと見渡した。
「でもちょっと恥ずかしいよ」
頬を赤くしながらギュッと握り返してくる。そして反応を伺うように上目遣いでこちらを見上げた。
「俺は嬉しいかな、あんまりこんなことする機会はないし……」
その後に「それにアイリスと一緒だから余計に嬉しい」とは流石に恥かしいし、今はゆっくりと距離を縮めていくべきだと自分に言い訳し、そこまでは言葉にしなかった。
「そうなの? イリスちゃんとよく手を繋いでいるし、リアさんもニルさんも宗助くんのこと好意的に思っていると思うけど」
アイリスの口調は途中から少し早口になる。俺でも少しずつ気づいているならアイリスがそう思うのも当然だろうか。
「イリスはそういう対象にそもそも入らない。言わば娘みたいなものだよ」
「じゃあ、ニルさんとリアさんは?」
「ニルやリアはそんな関係じゃない。アイリスが勘違いしているかもしれないから一つ言っておくが、俺がそういうことしたのはアイリスが初めてだから」
俺は言い切った後でアイリスから少しだけ目を逸らした。
おそらく、アイリスも同じだろう。自分で恥かしいことを言っている自覚はあるが、思わず口から出てしまった。俺の中でニルやリアとの関係を疑われたくないという気持ちが自分の予想以上に強かったのだ。
「……」
「……」
俺たちは少しだけ無言になる。でもそれは嫌な雰囲気ではなかった。お互いに照れているだけだろう。
「私だってこんなことしたことないよ。宗助くんが初めてなんだから……」
それを聞いて俺はとても嬉しくなった。
「もしかしてリアさんがイリスちゃんを連れて帰ったのって」
「何だ、今日のアイリスは随分と勘がいいな」
「いつもは悪いって言いたげなんだね」
「そこまでは言わないが、俺たちが出かけるのを邪魔したと思ったのか、気を使わせてしまったな」
「お出かけの邪魔って、宗助くんは元々デ、デートするつもりだったの!? ……恥ずかしいよ」
「落ち着けアイリス。デートは言い過ぎたが、俺としては数年振りに再会した最も親しい相手と出かけるのは楽しみだったんだ。それをリアが察したって程度だろうよ」
「宗助くんは上手くまとめたみたいに言ってるけど、そんな上手く纏まってないからね」
「リアの話はいい、それよりもせっかくデートってことにしたんだったら、俺は今をアイリスと楽しみたい」
よくもまあスラスラとアドリブで出て来るものだと自分に感心するが。よく考えなくても自然と出て来る、俺の中にあった何一つとして偽りのない本心だ。
「今日の宗助くんは恥ずかしいことばかり言うよ」
「それは自覚してるよ」
それもこれも俺自身をアイリスに勘違いさせたくない一心で出て来た言葉だ。
「俺だってアイリスと同じくらい恥かしいからな」
「だって言わなきゃいいのに」
そんなことを言っている内に最前列までやってくる。
「次の方は中へお進みください」
タワーの中は空調が効いており、俺たちの身も心も温める。握った手はお互いに離さない。
「二名様ですか?」
カウンターの切符販売員の女性が問いかける。
「カップル一組で」
「かしこまりました」
何のためらいもなく言葉が出てくる。
貰った切符を片手にエレベーターへと進んだ。
「宗助くんはよくスラスラとカップルなんて言葉言えるね」
エレベーターの中でアイリスがボソッと呟く。
「俺だって緊張はしてるさ」
「嘘だよ」
アイリスには全然信じて貰えない。
エレベーターの中は限界の人数まで詰め込まれてギュウギュウだ。
ちょっとバランスを崩しそうになったアイリスをそっと抱き寄せた。
「そ、宗助くん?」
突然の行動に驚きながら俺の胸に顔を埋めた。
「この距離なら俺の鼓動が聞こえるだろ?」
誰にも気づかれないように耳元で囁く。
「……本当だ」
「もっと早くなってるよ」
そりゃそうだ。アイリスの髪から香るシャンプーの匂いを直接と言っていいような距離で嗅げばそうなるだろう。
地上二百七十二メートルまで約一分その体感はそれよりもずっと短い。
エレベーターの扉が開かれるとそこは別世界だった。