The Assassin from The Past(7)
だが俺はもう大体の能力の推測はついている。
状況を整理してみよう。
先ほどの俺の攻撃は女の背中よりの数ミリ程度手前で風圧により吹き飛ばされた。その前の攻撃も指一本で防がれたが、それも今考えると爪まで達してはいなかった。つまり相手は何か障壁となる何かを能力で生成したことになる。しかしバリアを張るような単純な構造ではないことは間違いない。そうであるならば俺の攻撃はそれを破壊して女へ届くはずだが、実際にはそうはなってない。加えて女が俺の能力に気づかずに驚いたような反応を見せたことからも、何らかの能力を無効化されたことは間違いない。
そして能力を無効化するたびに俺は吹き飛んでいる。能力が解除されて風圧により吹き飛んでいるということになる。
このことから考えられるのは気体を操る能力であろう。しかし何か特定の制約のある能力に違いない。今までの攻撃はどこか回りくどいような気がするからだ。おそらく気体を直接的、つまり自由に操れる訳ではないのだろう。
アイリスの風を操る、厳密には気体を操る能力は気流を起こす、つまり気体に流れを与える能力であるように何かに特化しているはずだ。それを見つけ出せれば対策は打てるだろう。
「そうね、じゃあ分かるまでたっぷりと教えてあげるわ」
それと同時にやはり追い風が吹く。空気を引き寄せているのか?
頭のおかしい女は右手の一指し指を立てる。
そしてそれが一瞬止んだ。
指先から何かを飛ばしたように見えたが、視覚的には透明で見えない。
俺はSIG SAUER P220を抜きその指と俺の一直線上へ9mmパラベラム弾を一発放つ。しかし銃弾は俺と女の大体中間地点で何かに衝突したかのように明後日の方向に逸れる。距離と時間から計算して相手の空気弾のようなものの速度は大体10m/s、銃弾と比べればスローモーションに見えるくらい遅い。そして空気弾の場所が分かればやることは決まっている。
鞘の先を女へ向けてさっき十弾が通った弾道へアンカーを射出する。
アンカーは予想通り途中で何か衝突しそして空気が放出されアンカーがかなり勢いで戻って来る。
そして確信した。
「気をつけろ!! 奴は能力で空気を圧縮している」
「ふ~ん、よく気づいたわね」
女は少し不快になる。
「あなたエクステリアなのに、私の能力に干渉するなんて、どういうことかしら?」
「知らないなら、わかるまで空気弾をバカの一つ覚えみたいに永遠に撃ってな!!」
「なんか納得いかないけど、あなたの言う通りにさせてもらうわ」
空気の圧縮を開始したのとほぼ同じタイミングでSIG SAUER P220をフルオートに切替えて扇状に左右五度の範囲に銃弾をばら撒く。その数発は圧縮空気に触れて弾道が逸れ全て躱される。逸れた方角がそれぞれの銃弾で異なり球形に圧縮されていることが予想できる。それだけではない、至近に銃弾でも逸れる方向が大きく異なることから複数の圧縮空気弾を同時に生成できることも予想できる。
銃弾をばら撒いた範囲での空気弾の位置は予想できたがそれ以外の場所からの攻撃には対処できない。
「銃弾は零点ね」
余裕の表情で空気弾を放つ。
―――――ビュン!!!
この音は空気弾ではない。
俺の後方六百メートル超から音速で俺の上空数十メートルを何かが飛んでいく。俺たちを狙ったものでもあの女を狙ったものでもない。
――――――ドゴォォォーーーン!!!!
銃弾は二千メートルほど飛び俺たちの前方千メートル以上先にあるビルに着弾する。その威力は凄まじい。榴弾を使用したのだろう、弾着点からは黒い煙と炎が少しだけ上がっている。
あの場所は狙撃手が居たであろう場所だ。そして俺はこんな狙撃ができる奴を一人しか知らない。
俺の携帯端末が鳴り出す。仕事用の回線からの無線通信だ。
即座にインカムと付けて応答する。
『Bonjourソウスケ、君の景色に色を足しておいたわ』
「リアか、正直言って助かった。だがありゃやり過ぎだ」
『しょうがないじゃん、ダネルちゃんの命中精度はあまり良くないからね』
ダネルはアンチマテリアルライフルの最上位のもので対人兵器ではない。よって数キロ先の小さな対象物を狙撃できる精度がないのだろう。
「援護できるか?」
『Bien sur!!』
なぜフランス語なのかは置いておくとしてこれなら十分に勝算がある。
頭のおかしい女はさっきの爆発に気を取られ能力を解除している。
「ふ~ん、増援かぁ。あなた運がいいのね。形勢逆転、ちょっとこれじゃあ分が悪いかなかな」
「逃げるのか?」
「そりゃね、あんなものを撃ち込まれたらたまったものじゃないわ」
『ソウスケ前出ないでね』
頭のおかしい女の声とほぼ同時にインカムからリアが喋る。
―――ビュン!! ――――ドゴォォォーーーン!!!
俺の前方十メートル、もの凄い轟音に低い姿勢で耐える。
直ぐに晴れた黒煙に隙間、頭のおかしい女はギリギリで空気の圧縮が間に合ったのだろう。ただ無傷ではない服が少し焼け焦げているのがわかるが致命的なダメージにはならなかったようだ。
『惜しいわね』
「零式銀弾とか持ってないのか?」
『ノン、持って無いわ。あれ一発数十万だからね』
零式銀弾とは対超能力者用に作られた零粒子(Hi-Particle)を含有した銀を使用した弾丸で、効力は低いが撃ち込んだ部分に作用する能力を低減させる作用がある。費用対効果が低いのは生産しているメーカーが少なく需要過多であることが原因だ。
「人間相手にアンチマテリアルライフルで榴弾を撃ち込むなんてあなたのお友達は相当頭がイカれてるのね」
「それをてめぇが言うのか?」
「あら、心外ね。私は人殺しが大好きな普通の人間よ」
やはり頭のおかしい女に間違いない。
そう笑顔で言いつつも少しずつ後退していく。
「そういう奴をイカれてるって言うんだぜ」
「人の趣味にケチをつけるのは良くないわ」
こいつ人殺しを趣味と言いやがった。
「リア」
『OK』
「二度と同じ手は食わないのよね」
リアのDenel NTW-20から発射された榴弾は女の目の前で爆発したが今度は完全無傷、空気を圧縮して壁にしたのだ。
さらに追い風が吹きアイリスがスカートを押さえる。
「それじゃあ、私は失礼するわ。今度は邪魔が入らないところでじっくりと殺して、あ・げ・る」
そして追い風が止む。
「――――アブソリュート」
イリスが一瞬判断の遅れた俺を押しのけて前に出る。
――――――ドォォォォ――――ン!!!!
地面を揺らすような轟音ともに爆風が吹き荒れる。イリスが展開したアブソリュートの壁の端から吹き込む爆風が俺たちを吹き飛ばそうとするが低い姿勢で何とか耐える。窓ガラスが一斉に割れ破片が雨のように落下する。
目を見開いた先には既に頭のおかしい女も仮面をつけていた女二人も跡形もなく消えていた。残っていたのは地面を抉ったような円形に窪んだ穴だけだった。
それから直ぐに緑色のパトランプにサイレンを鳴らしながらやって来たのは日本で言うところの警察組織である特別警察省、通称特警だ。
『私もゴーリューするわ』
リアとの通信が切れる。
どうやら美咲中央駅のホームの上、雨避けのドームの上から狙撃していたらしい。どうやって登ったのかはわからないが……。
そうなると結構前からスタンバイしていたことになる。
一応椎名会長へ一方入れるが連絡が遅いと理不尽にも怒られる。しかしリアが榴弾の使用許可を学園経由で取ったので、そのタイミングで学園側には伝わっていたようだ。
特警の初動対応が早かったのもこのおかげだろう。