The Assassin from The Past(5)
花咲中央駅は学園前駅とは比べものにならないほど混んでおり、人の波に逆らうようにイリスの手をがっちりと繋いで移動する。アイリスもその後ろから着いて来る。
何とか駅を出ても人ごみはまだ続く。駅に入り切らなかった人たちがまだ多くいる。この駅は別のラインとの乗り換えもできるため余計に混雑しているのだろう。ちなみに時間遅れで運転しているのは学園前駅がある東央線だけで午前の他の電車は全て運休だそうだ。東京でも雪が降れば珍しくはないのだが、花咲中央駅を出ると雪は降っているもののそこまでではない。だから余計に混乱しているのかもしれない。
時計を見ると十三時前だった。ソードの受け取りは十五時過ぎを予定しており、まだ二時間ほどある。
「どこかで飯にするか?」
「そうだね、丁度お昼だしね」
とりあえずどこかに入ろうと思ったが、俺の中ではデートである以上変な店は選べない。イリスが俺の顔を覗き込むがスルーする。適当に会話を繋ぎながら必死に探すが土地勘の無い俺にどんな店があるかわかるわけもなく。在り来たりのチェーン店でごまかそうかと考えていたときだった。
――――ドォォォーーーン!!!という音と遠くから響き俺の耳に入る。どこから鳴ったのかはビルによる反響が酷いため分からないが爆発音だろうか。ただ直接的に俺たちを狙ったものではないようで、ギュッと掴んだイリスの手は離さない。アイリスは瞬間的に抜刀体勢を取る。
「射線はないな」
「爆発音は正面五百メートル先の交差点よ。白っぽい煙が見えるわ」
「……確かに」
微かだが白っぽい煙が見えるような気がするが俺にはあまりわからない。だが人の流れが俺たちの進行方向とは逆向きに逃げていく人たちがいることからアイリスの情報に間違いはないのだろう。
辺りを見渡し状況を確認する。
「兄さん、百十メートル先右側の雑居ビルの七階からこちらを見ている人影があります」
「あれか……」
俺は視線を合わせずに横目に確認する。
「狙いはやはりイリスか?」
「私たちも逃げた方がいいかな?」
アイリスが少し鋭い表情で問いかける。
「もう遅いかもな」
我先にと逃げ出す群衆に中からゆっくりとこちらに歩いている人影、こんな状況であの冷静さは頭がイカれている奴しかいないだろう。数分で逃げ出す人々は駅の方へと去って行きもう人影はほとんどなくなり、一人の女が俺たちに向かって近づいて来る。
「首謀者はあの女か?」
俺はイリスの手をそっと離し、その手をライトソードにかける。
人が居なくなれば遠くも良く見える。原型を留めていない二台の自動車が横断歩道を占有しておりそこを中心に雪が溶けアスファルトが顔を出している。なお今も車は炎上している。中東のニュース何かでよく見かけるテロとかの類に良く似た光景だ。
女はまだ近づいて来るのだが、明らかに武装している風ではない。何となくだがフランス人っぽいような気もする。
そしてその女はこう言うのだ。
「久しぶりね、五年ぶりかしら?」
「……誰だ、お前」
「あら二人とも覚えてないの? それは残念、あれだけ追いかけっこして遊んだのに……」
それはとても不気味な笑顔で楽しそうに言った。その表情に狂気を感じずにはいられない。
「ショッピングモール、鉄くずになっちゃったけど、本当に忘れたの?」
『五年前』と『ショッピングモール』そのワードから俺は直ぐに理解した。ああそういうことか……。俺は青ざめる。アイリスは当然覚えている訳もないか。
「その顔、思い出したようね。そうそう、あの時あなたたちを殺しに来た女よ、ほらほら、思い出したよね。じゃあ死のうか♪」
その女が手を振り上げた瞬間に亜音速の弾丸二発が脳天目掛けて飛んでくる。
「「――――抜刀!!」」
俺とアイリスはほぼ同時に抜刀し銃弾を弾き飛ばす。弾き飛ばされた銃弾は左右のビルの窓ガラスを割った。
「へぇ~、覚醒してたんだ?」
どうやら俺たちが能力者として覚醒していることを知らないようで、一瞬首をかしげたが納得した顔になる。
「アイリス他に三、いや四はいるぞ」
狙撃要員が二人、さらに周囲の監視役として二人、そしてあの女の計五人だが、まだいるのかもしれない。規模からしても組織的なものだろう。
「……保安庁か?」
「ノンノン、違う、違う、外れも外れ、全然違うわ。的外れもいい所、掠ってもいないわ。正解、教えてあげようか?」
ニヤニヤと俺たちを楽しそうに見つめる。目的はイリスじゃないようだ。しかしあの事件からだが俺たちが狙われる理由がわからない。
「正解はあの事件の当事者だからでした~、あの事件は公になってはいけないの、ただの事故でなくてはいけないけど、アンジェ・アトランティカはそれを知っている。だからここで死ぬのよ。ソウスケ・コウサカは念のためかな?」
あれは事故ではないと言っているようなものだ。その事実を知らない俺に無駄な知識を与えているがどの道始末するから気にしていないのか、それとも馬鹿なのか……。ただ今の発言から推測するにアイリスが記憶喪失だということすら知らないあたり、こちらの情報をほとんど知らないようだ。これはある意味チャンスかも知れない。
「兄さん、下がってください」
「……イリス」
「そこのちびっ子もおまけで殺してあげるわ。例えばそこのマンホールに炸薬十キロのプラスチック爆弾が仕掛けられていたりしたらどうする?」
手に握ってるのは無線のスイッチだ。
「バイバーイ」
「――――アブソリュート」
カチッという音は瞬時にかき消されるほどの轟音と同時にイリスがマンホールに蓋をするように能力を展開する。爆風は配管を伝い近くのマンホールを数箇所吹き飛ばした。高く舞い上がったマンホールは空中で回転しながらアスファルトに転がる。
危なかった、ここにイリスが居なければ俺たちがあのマンホールのように吹き飛んでいたところだった。
「へぇ~、そのちびっ子やるわね。でもその方が面白いか~。楽しみは後にとっておかないとね」
余裕たっぷりで笑っている隙に俺とアイリスで左右から同時攻撃をしかける。
「その動きは三十点かな?」
――――ギィィーーン!!!
どからとも無くやってきたなぞの仮面を着けた女が二人、頭のおかしい女の前出てき俺たちの剣撃をソードで防ぐ。
「アイリス下がるぞ!!」
「わかったわ」
バックステップでイリスの近くまで後退する。
「どこから出てきやがったんだ、アイリス!!」
「私も分からないわ」
俺はライトソードを、アイリスは刀を鞘にしまい抜刀体勢をとる。
これで三対三、厳密には狙撃手が二人いるが、数では互角となってしまう。
「わからないんだ~、なら早く死んだ方が楽になれるよ」
頭のおかしい女が手で二人の仮面女へ指示を出す。
仮面女は無言のままこちらへ向かって来る。