The Assassin from The Past(3)
近所にあるスーパーに三人で向かった。
「宗助くんは何が食べたいの?」
生鮮食品売り場でアイリスが俺の顔を下から覗き込むように言う。
「アイリスが作るものなら何でも良いよ」
「作る側にとって、そういうのが一番困るんだよ?」
「でも俺アイリスの手料理食えるなら何でもいいんだけど……」
アイリスがそれを聞いて少し照れたように顔を赤くした。それ以降時々チラチラと見てくるけど、少し下を向いて目を合わせてくれない。
「じゃ、じゃあ好きな料理は?」
「う~ん……」
俺はこの一瞬に全力で何が食べたいかを考える。
こんなチャンスはしばらくないだろうし、色々な食べ物が脳裏を過り決めかねているのだ。だがせっかくなら何か家庭的な料理を食べたい。ならば答えはあれしかないだろう。
「肉じゃが、肉じゃがが食べたい」
「わかった、今日の夜は肉じゃがにするね」
買い物を終え、足早に帰宅し、料理ができるのを待つ。「何か手伝おうか」と何度かアイリスに問いかけたが「ゆっくりテレビでも見て座ってて」と返ってくるばかりで手伝わせては貰えなかった。ゆっくりテレビを見ていろと言われても、あまりに楽しみ過ぎてやはりそわそわしてしまう。イリスが俺の膝の上で一緒にテレビを見ながら時々俺の方を見てくる。最後には「そんなに楽しみなのですか、兄さん」と言われてしまう始末だ。例えるならクリスマスプレゼントが待ち遠しくて中々眠れない小さな子供のようだ。
そして小一時間で料理が出来上がる。そのたった一時間程度が今日は五時間にも六時間にも感じる。
「もう今日の宗助くん、子供みたいだよ?」
そんな俺の姿を見たアイリスが微笑しながら言う。
「落ち着きがなくて悪かったが、それくらい楽しみだったんだ」
「……あんまり期待しないでね」
アイリスは恥ずかしそうに静かに俯きながらそう言った。
テーブルに並べられた料理は見た目の匂いも完璧だ。これで不味いはずがない。
「「「いただきます」」」
俺は真っ先に肉じゃがにありついた。
「そんなに慌てないでゆっくり食べてね」
「旨い、旨い、マジでアイリスが作った肉じゃが旨い。これなら店だせるレベルだぞ」
「宗助くん言い過ぎだよ。そんなに褒めても何もでないよ?」
「今日のために生きていたと言っても過言じゃないな、でもこれ今日全部食べるのはもった無いか……、明日にとっておくべきか?」
「今日食べて、これ以上変なこと言わないで、大げさだし、恥ずかしいよ」
アイリスが赤くなる。
「大げさなんかじゃない全部本当のことだ。また作って欲しい」
アイリスはさらに赤くなる。
「これ以上言ったら没収するよ」
真っ赤になったアイリスが強権を発動する。
「なん、だと?」
「そんな世界が終わったみたいな顔しないで、また作ってあげるから」
「本当か、本当なのか?」
俺は少し前のめりでイリスに聞いた。
「本当、本当、だからゆっくり食べよう」
「ああ、そうする」
そんなやり取りを横で見ていた平常心のイリスはそのまま最後まで無言のままだった。
それか洗い物だけが俺がやると強引に押し切り、アイリスは帰るのかと思いきや、イリスを膝の上に乗せて一緒にそのままの流れでテレビを見ていた。
何だか昔に戻ったようなそんな風に感じる。少し冷静に会話を思い出すと本当に昔に戻ったような態度だった。止まった時間が動き出したことをはっきりと感じた。
それからは特に会話もなく俺は戦術系や能力に関する書物を読んでいた。それから一時間くらいだろうか。フッと顔を上げるとアイリスとイリスが仲良く二人でソファーに寝ていた。
イリスの体温は温かいので俺も偶に寝てしまうことがある。起こさなくても自然に起きるだろう。俺は二人にタオルケットをかけて元の位置に戻る。
それから本を開き再び読書をしようと努力したが、たぶん無いようなほとんど頭に入っていないだろう。
アイリスの寝顔が気になって仕方が無いのだ。
二人してスースー寝息を立てている。
ここからだと少し遠目からしか見えない。アイリスの顔を横見れる機会なんてそうない。もう少し近い場所に移動する。
それにしても可愛い顔だと思う。人種が異なると美的センスというか顔の違いについて同じ人種よりもわかりにくい。簡単に言うならその国で普通以下の顔立ちだとしても他の国では良い顔立ちに見えたりするらしい。まあ仮にそうであったとしてもアイリスしかいないと思っている。眺めているだけで満足しようと思っていたのが、人間とは欲深い生き物なのだ。
俺はさらに近くに移動している、ソファーで寝ているアイリスのすぐ近くまで。
そして見ているだけは満足できなくなるのだろう。その極め細やかで白い肌はどんな感触なのか気になった。
俺を止めるものはどこにもいない。俺の指はゆっくりと優しくアイリスのほっぺたをつついた。その柔らかさ、艶やかさに俺の心は感動したのだろう。俺の頬を一滴の涙が伝うのを感じる。
俺は少しだけ慌てるようにその涙を隠した。男としてみっともない。でも止めることなんて出来やしなかった。この涙は俺の心がアイリスはここにいるということを実感した瞬間だったのかもしれない。
今日のことは一生忘れないだろう。それとここ数ヶ月は頑張れるパワーを俺に与えてくれたような気がする。
「俺が守らなきゃいけないな、イリスもアイリスも……」
そう呟く。
それから俺はすぐに元の場所に戻り、本を読む振りを続ける。少しして起きたアイリスは「ごめんね、寝ちゃった」と少し恥ずかしそうな表情で言った。イリスは寝起きの顔のままでベッドのある部屋まで歩いて行って扉を閉じた。まだ寝るのだろう。相変わらずのマイペースさである。
そしてアイリスも自分の部屋へと帰って行った。
それからまたイリスを起こして風呂に入れるのにもの凄い苦労をしたのはそれから少し経ってのことだ。