After Dating(7)
それからノースランド美咲から逃げるようにイリスを抱えたまま走り続ける。リアも俺に続くが少しバテ気味になる。イリスは自分で走れると抗議してきたが無視した。闇雲に走ったので駅とは反対方向、美咲タワーの方まで戻って来てしまった。
逃走中も追っての気配はなく、実体は掴めないままだ。
美咲タワー前の公園に着くとイリスが降ろしてくれと言わんばかりに俺の顔を見てきたので降ろすことにした。
「イリスちゃんずるい、私も抱っこして欲しかった」
「私は好きで抱えられていた訳ではありません、リアさん」
「言い合ってる場合かよ、やはり狙いは俺たちだったようだぜ」
スゥーッと吹き抜ける冷気が俺たちを追い詰める。公園の中央にある噴水前で待ち構える。ここならばある程度開けているため対応しやすいはずだ。
冬場でも温水が流れている噴水が氷結し流れがなくなる。滝が凍ったときのように噴水はまるで氷のアートのように美しい形のまま流れを止めたのだ。
そして徐々に人がいなくなる。まるで人払いされたかのように……。
その人ごみの中からただ一人だけがそこに立っていた。
「ようやく戦う気になったようだな」
その女は大日本帝国の軍服と漆黒の外套を纏い、軍帽を深く被っている。腰には軍刀と拳銃、長いバイオレットの髪を左側に流し肩から垂らしており、髪の先端を菊の紋章が入ったゴールドの髪留め纏めている。
「何者だ? なぜ俺たちの狙う?」
「それは愚問だな。その人工少女が目当てに決まっているだろう」
やはりそうか。というよりそれしかないだろう。
「保安局の連中か?」
すると急に目つきが鋭くなる。
「おい、そんなゴミみたいな米国の犬と一緒にするな……」
突然ドスの利いた声で俺たちを睨む。
「奴らは大日本帝国を内から蝕む寄生虫のような存在だ。今すぐにでも駆逐しなければならない。だが今はお前だよ、人工少女」
保安局を随分と敵視しているようで、俺たちをしつこく追ってきたあの男とは相対する存在であるようだが、いずれにしてもイリスを狙っていることには違いない。
目的は保安局と同じか否か……。つまりどちらにしろ、俺たちの敵なのだろう。
「イリスに何のようだ?」
「その人工少女に名前なんてつけているのか? お人形ごっごか何かかな?」
馬鹿にするかのように嘲笑う。
「下らない、実に下らない。所詮は人の形をした道具に過ぎない、心など最初からありゃしないのだ」
軍服の女はイリスを強く指差した。俺はイリスを守るように一歩前に出る。
「心ならある。人間ならば誰しもが持つものだ。それにイリスも同じだ。会ったこともねぇくせにイリスのことをベラベラ喋りやがって!! てめぇにイリスの何がわかるってんんだ!!」
イリスのことをとやかく言われると思わず頭にくる。
「お前は相当その人形に愛着があるようだな。ならば十億でその人形を買い取ろうと言っても聞く耳を持たないか……」
俺の叫びに平然とした顔でそう答える。
「当たり前だ!!」
「私が感じるに、お前が守るべきはそれではないだろう。アイリスとか言ったか? あれが本命だろうに、こんなところに居ていいのか?」
「……どういう意味だ?」
どうしてその名前が出てくるのか理解できないが、知っているということは……。つまりイリスのようにターゲットにされている可能性もあるのか……。俺の額に汗が滲む。冷や汗だ。こんなところで時間を食っては居られない。
「焦っているようだが、今からではどちらにしろ間に合わない」
「――――そんなことは関係ねぇ!!」
俺はライトソードに手をかけ抜刀体勢を取る。
「私もなるべくならば穏便にことを進めたかったのだが、仕方がない。交渉が決裂したならば、戦い奪うのみ!!」
イリスも能力発動の構えを、リアはサブウェポンであるコルトパイソンを抜いて正面に構える。
一瞬の沈黙、しかしそれは予想外に破られることになる。
突如として霧というのだろうか。黄金のミスト状の何か、粒子というべきだろうか。それが空から舞い降り始め、一瞬にして当たりに拡散する。その粒子は輝いては消えを繰り返す。どこかで見たことのある光景、……思い出した、忘れ物を取りに行った時の教室、謎の女子生徒が振りまいていたものに近いものを感じる。
そしてそれはさらに予想外の結果を招くことになろうとは思いもしなかった。
――――ドサッという音、それはあの女が片膝を雪の積もる地面に着いた音だ。何が起きたかは分からない。
「ハイパーティカル、……だと!?」
有害なものかと疑うが俺たちに何か影響は今のところない。ダメージを受けているのはアイツだけだ。
「イリスどういう状況かわかるか?」
「はい、兄さん。プラスハイパーティカルが空間に拡散しています。原因はわかりませんが……、直接的に人体に有害な粒子ではありません」
「じゃあ、なぜあいつだけがダメージを受けている?」
「理由はわかりませんが、粒子に対して体が拒絶反応を示しているようにも見えます、兄さん」
こちらから攻撃を加えようか考えたが、敵の情報がない状態で突っ込むのはあまりにも迂闊だ。
するとあの女の直ぐ後ろ片越しに薄っすらと半透明の女性が現れる。一般的には幽霊とかそういうものにも見える。それは地面に足を着いていないのはもちろんだが冬なのにうすピンク色のワンピースを着ているだけだ。
『翡翠ちゃん、ここは引きましょう、状況が悪いわ』
その幽霊のようなものがあの女に喋りかける。その表情はとても心配しているようだった。それに加えてあの女と相対する性格に少し驚く。
「そうだね。クリスちゃん」
翡翠と呼ばれている女が小さな声でそう呟く。そして俺たちを鋭い眼光で睨んだ
「運が良かったようだな人工少女、だが次はそう上手く行くまい」
かなり苦し紛れに立ち上がり軍帽のつばを少しだけ上げた。ダークブルーの右目の奥からあの時と同じ微粒子が瞳の中に拡散する。
「――――空間転移(Teleportation)」
その瞬間、まるでそこに何もなかったかのように一瞬にしてその女が消失する。突如として現れてと思ったら、突如として消える。そして降り始めた雪が止まっていた時間が動き出したかのように感じさせる。
能力は瞬間移動、戦闘となれば窮地に立たされていたことだろう。
人が再び噴水広場に集まり始め、凍った噴水を見て歓喜する者も現れる。
どうして助かったのかはわからないままだが、にぎやかな雰囲気が戻り始める。
その帰り道、翡翠という女の横に現れた幽霊のような存在が見えているのは俺だけのようで「なんだったんだあの幽霊みたいなのは?」と聞くと二人は首を傾げた。二人にはただの独り言に見えていたのだろう。
どうやら俺には霊感とやらがあるのかもしれない……。