After Dating(1)
春休みに入り一週間程経つ。ここでの生活にも少し慣れつつある。特にすることもなく休みすぎで腕が鈍ってまずいので部屋で筋トレと素振りをしていた。そんな俺の姿をイリスは黙って見つめている。
それからしばらくして朝練を終えた俺たちは一緒に風呂に入ることにする。
「本当に入るのか?」
「兄さん、私たちは兄妹ですので何の問題もありません」
最初に入る時も俺は別々に入るよう言ったのだが今のように「問題ありません」の一点張りで全く言うことを聞いてくれなかった。思うにイリスはかなり頑固だ。
「イリスがそういうならいいが、一緒に入りたくなくなったら素直に言えよ」
「はい、兄さん」
誰かが見れば何か言われるかもしれないが、正直な話をすると娘と風呂に入っている感覚に近い。
毎日一緒に入っているとイリスの髪を洗うのが上達する。イリスはどうやら風呂に入るということを知らなかったらしくポカンとしていたが、今ではかなり気に入っているようだ。
「兄さんに髪を洗ってもらうのがいいです」
いつかは一人で洗えるようになるように言うと毎回同じこことを言うが、いつも気持ち良さそうにするので最近では俺も癖になっている。
部屋の大きさの割に風呂は大きく、二人で入っても余裕があるがイリスは俺にぴったりと寄り添う。
「兄さん、今日の予定は?」
「今日は街に出て足りない物の買い足しと予備のエッジを取りに行くくらいかな」
「館山での反省ですか?」
「そうだな、あの時はまさか熱で溶けるとは思わなかったからな」
館山で戸村と戦った時、能力相殺時に超粒子から発生する熱エネルギーに刃が耐え切れずに溶解するとは誰も思うまい。炭素鋼の融点は大体千五百度、瞬間的かつ局所的なものだろうがあの時ソードをパージしていなければ火傷では済まされなかったかもしれない。
「ただ予備品をどうやって持ち歩くかが課題だな」
「私が持ちますか? 兄さん」
「刃だけと言っても結構重いから、とりあえず保留だな」
イリスの白い頬が少し赤くなってきたので上がることにした。
制服に着替え、イリスの髪を乾かしているとスマートフォンのバイブが鳴る。どうやらリアからのメッセージで『今日暇?』と表示されている。
俺は『街に用事がある』とだけ返すと『今街にいるから合流しようよ』と返って来た。
イリスが俺の顔を見ており、少し考えた後『了解』と返した。
アパートから最寄りの駅から二駅程度で目的の場所につく。
待ち合わせは十二時、場所はノースランド美咲と呼ばれている建物でビルの屋上に観覧車があるこの街のランドマーク的な存在だ。
少しだけ早く着いたのだが既に待っていたリアがこちらに気づいて手を振った。
俺は恥ずかしいので手を振らなかった。
「随分早いな」
「そりゃ朝からこの辺に居たからね。お昼はこれからでしょ?」
「もう食べたと言ったらどうする?」
「無理やりでも連れていくわってジョークはいいからどうなの?」
「俺もこれからだ。どっか適当に入ろう」
「そうだね」
「イリスちゃんは何食べたい?」
リアが少し屈んでイリスに聞いた。
「……」
一瞬俺の方を見る。
「……ハンバーガー」
小さな声で呟く。最近のイリスは自分の意思というか意見も持ち始めている。非常の良い傾向だ。
「なら近くにMの着くハンバーガー屋があるからそこにしよう」
「そうね」
昼時ともなると相当込んでいるが何とか座ることができた。
リアはでっかいゴルフバッグみたいなケースをドサッとすぐ後ろの壁に立てかけた。あんな重たいものをいつも持ち歩いているようだ。
ポテトのLサイズを広げて三人でつまみながらリアが本題に入る。
ちなみに俺はハンバーガーが二段のセット、リアはフィッシュが入った奴、イリスは照り焼きのハンバーガーだ。
「今日はデートだからね。わかったソウスケ?」
ビシッと俺を指さしながら言った。
「は?」
「は? じゃないわよ。だから今日はデートだから、……もしかして忘れた? デートの約束したでしょ?」
「もしかして館山での一件の埋め合わせのことか?」
「そうそう、それだよ。だから今日はデートだからね」
「俺は別に構わないが、保護者同伴になるけどそれでもいいのか?」
イリスの方を見ると俺たちの会話よりもハンバーガーに集中しており、俺と目が合うと少し間があった後に首を少しだけ傾げた。
「良いの、良いの、男女が街を歩けばそれはデートだから」
随分定義が広いようだが、本人がそれでいいならいいだろう。
「リアがそれでいいなら俺は一向に構わないが……」
「それじゃあ今日のデートプランを発表しま~す」
「その前に俺も用事があるんだが?」
「それが終わってからでいいよ。それじゃあ改めて発表します。まずは美咲タワーに隣接するショッピングモールに巷で有名なクレープとバナナ焼きを食べます。それからタワーの展望台に行った後、直ぐ近くのライフルショップに行って、さらにその近くのカフェでパフェを食べます。最後に観覧車に乗って終了です」
「俺はリアの好きにすればいいと思うが、それにしても食べ過ぎだ」
しかも甘い物ばかりなので二件目あたりで胸焼けしそうだ。そんな俺たちの会話をスルーでイリスは相変わらずハンバーガーに夢中だ。
プラン的にはここからショッピングモールに行ってここに戻って来るようだ。無駄にウォーキングすることになるが、まあいいか。ちなみに俺の用事はこの直ぐ近くなのでプランに支障はない。
「甘い物はベツバラって言うでしょ。だから大丈夫だよ。そんなことより春休みも半分くらい過ぎちゃったけど、全然連絡くれないし」
「用もないのに連絡しないだろ」
「それで何してたの?」
「……そんな大したことはしてないな、トレーニングとソードの手入れくらいか」
「それってルーチンでしょ」
「まあ、そうだな」
特にすることもなかったのでイリスとダラダラしていただけだが、アイリスは忙しそうで一度も会っていない。向こうからしても特別会う理由もないだろうし、……しかたないことだ。
「暇だったなら遊びに行きたかったよ」
リアはほっぺを膨らませた。
「そんなこと言うならリアの方から連絡くれれば良かったのに」
「そうしたかったけど、私も色々タイミングが悪くて」
結局の所、リアもそこそこ忙しかったようで連絡できなかったようだ。なら俺にそんなこと言うなと言いたいが、そういうことを言いたいのではないらしい。やはり女は良く分からない。