First Session(13)
それから直ぐに下校となるが、俺は携帯を教室に忘れ、一人廊下を歩いていた。
二人を待たせるのもあれなので先に帰ったもらうことにした。こんなつまらないことで戻ることになるとは今日はついてない。
既に下校時刻を過ぎているため閑散としており、一人の生徒ともすれ違うことはなかった……。
いや、今思えば人払いがされていたのかもしれない。
教室の扉手前で引き戸に手をかけた時だった。俺の体が一瞬強張り変な緊張感を与える。しかしそれを気にせず扉は開かれる。そこから先は既に異空間だった。
教室の空間いっぱいに飛び交う微粒子が僅かに輝いては消えていく。何が起こっているのか俺にはわからない。
そんな異空間の中心に一人の女子生徒が机の上に佇んでいる。女子生徒だと認識できたのは制服を着ているというただそれだけのことだ。あの机は誰の席でもない。
俺は反射的にベルトのバックルについている紐を引く。カラカラッとギアがかみ合い軽い力で高速回転する。
その瞬間に幻想的な光景は俺を中心に吹き飛ばされる。
現実に戻り、俺はライトソードを構えた。
そしてはっきりと見えるその女子生徒はどこか見覚えのある……。いや、あの時、合同演習中に見た不気味な生徒だった。
金髪のツインテールに長い前髪で左目が隠れ、口元をマフラーで隠し、真紅の右目は俺をジッと見つめた。容姿で違う点を上げるならばイリスが身につけているような弾防外套のプロテクターをさらに大きくしたようなものを羽織っている。そして俺の目を引いたのは外套についている紋章だった。LEGEND月代高等学園の校章なのだがどこか違う。俺の服の上腕を見ると一目瞭然だった。盾のようなデザインをベースに月が描かれている。守護科は特別でその月の紋章に羽根が一枚添えられている。しかし彼女には月の紋章はなく、ただ漆黒の中を四枚の羽根が舞っているだけだった。
ただどこかで聞いたことのある外見的に特徴だが、俺はまだ思い出せない。
「……考察は済んだか?」
彼女の一言目はそれだった。まるで俺の思考を読んだかのような発言だ。そのあまりにも落ちついて、いや感情の欠片も残っていない声色にゾッとする。
「誰だ、お前?」
俺はそう返すしかない。
「そうだな、私は強いて言えば能力者の成れの果て、既に人ではないかもしれない」
何を言っているのかまるで理解が追いつかない。ただ『能力者の成れの果て』という言葉にだけはなぜかしっくり来る。それがなぜだかはわからない。
「忘れ物を取りに来たのだろ? 私など気にせずに早く取りに行けばいい」
もっともな話だが、彼女が座っている机に横が俺の席だ。その言葉に従って取りにいくのはあまりに迂闊だ。
「私のことが信用できないようだな。それで正だ。この世界に信用できるものなど僅かだ。あらゆるものを疑った方がいい」
何だ、この女は?
俺の中の疑問は尽きない。
「なぜ俺の試合を見ていた?」
その中で搾り出したがこれだった。……まだ俺は思い出さない。
「やはり気づくようだな、お前は私の異質差に……」
「当たり前だ、逆に気づかない奴らの方がおかしいだろ」
「いいや、おかしいのはお前の方、小宇坂。お前のそのアーティファクトがそうさせている」
そして俺は思い出す。会長との会話を……。
「……月代の魔女」
「転入早々、よく知っているな、その名を……」
間違いない。この女が月代の魔女に違いない。正確にはこの女がそれならば聞いた話は全て納得がいく。
「だが私はそんな大層なものではない。ただの『能力者の成れの果て』に過ぎないのだから……。覚えておくといい小宇坂、能力者として覚醒したものの末路を……。アイリス・アンジェ・アトランティカ、彼女も何れそうなる」
「何を言っている?」
アイリスは確かに能力者として一定の覚醒をしているが、それ以上に能力が膨張するとは考えにくい。何せ後天性なのだから……。
「彼女はまだお前に話していないようだな。まあ、そんなことは過程に過ぎない。それよりもお前の力に彼女の未来は託されている。お前のそのアーティファクトには能力を抑制する力がある。それが全ての鍵だ。もう言わなくてもわかるはずだ」
そこまで聞けば理解する『能力者の成れの果て』の意味を……。それはおそらくは能力の暴走だ。その人間が制御できる限界を超えた能力を獲得した者のことを指しているのだろう。それが今目の前にいる。俺はそう解釈する。
「なるほど、能力を無効化することでその暴走に歯止めをかけることができるか」
「そうだ」
「つまりは俺の能力を利用しに来たっていうのが目的か?」
それなら俺に興味を持った理由にも納得がいく。しかし彼女の回答は随分的外れなものだった。
「いいや、お前の能力程度では既に手遅れだ。延命措置程度にしかならない。お前に接触した理由はただ一つだけ……」
彼女は一拍置いた。
「『アイリスとイリス、どちらを取るか?』ということ。ただそれだけ」
俺は一歩後退さる。
「何を言っている?」
「お前こそ何を言っている? 二者択一、それがお前たち三人に与えられて運命、ただそれだけ」
「ふざけるなよ!! 何を言っているんだ。どうしてそんなことはわかる?」
内心では既に理解している質問を俺は叫ぶ。
「預言者に二人も出会っているお前に説明の必要などないだろ?」
「……」
俺は黙るしかなかった。
「ただ運がいい。お前は世界から選択肢を与えられている。私は選択肢にすら入れては貰えなかったのだ。世界から否定された私はこのまま朽ち果てて行くのみ、ただそれだけ」
それで運がいいと言えるのはその境遇故だろうか。俺にはそうは思えない。
ただ何れその時が来ることを覚悟できただけでもよしとするべきか……。
そして最後に彼女はこう付け足す。
「それは宿命ではない、運命だ。宿命は変えられない、だが運命は変えられる」