First Session(12)
フィールドではリリスが自信満々で待機しており、小さいのに高飛車な態度でイリスの方を見た。
それに対してイリスも負けておらず、余裕の雰囲気を漂わせている。
「怖気づいて来ないかと思ったわ」
「そんな感情抱いたことありせんので」
「生意気なあんたの鼻っ面折ってやるんだから」
「それはこちらの台詞です。兄さんを侮辱したことを後悔させて上げます」
「あんたみたいなブラコン娘に絶対負けないんだから」
リリスはスカートの中に腕をクロスにした状態で手を入れて構える。
イリスは九八式対徹甲弾防外套を着ているだけで棒立ちだ。
「――――始め!!」
スカートを翻し、スカートの裏側にビッシリ並べられているナイフを瞬間的に斜め上へ二本スローイングする。
「――――物体複製(Reproductor)!!」
ナイフは数十本に分裂したように見える。2本のナイフから放射状にイリスの方向に向かって複数のナイフが雨のように降り注ぐ。
「……アブソリュート」
イリスに対して前方傾斜マイナス四十五度で発生させた薄い膜がナイフの持つ運動エネルギーを吸収していく。膜に刺さったナイフは力なく床に散らばるが、直ぐに能力で複製したナイフが消失する。
リリスは懲りずに三度ほど同じ攻撃をしかけるが全て同じ方法で防がれる。
「防戦だけでは勝てないわよ。それとも勝つつもりがないのかしら?」
「そんな訳ありません」
挑発するリリスに対して冷静な態度を崩さない。
それからも2度に亘り同じ攻撃を仕掛けるも見えない壁で阻み攻撃を無効化する。
「飛道具では有効打は与えられませんよ」
「これならどう?」
リリスは複製したナイフを体育館の水銀灯に向かって投げ上げた。
そして自由落下したナイフが複数に分裂しイリスに襲い掛かる。
「……アブソリュート」
真上にかざした手の上に薄い膜が発生する。
それとほぼ同時リリスに間合いを詰められ、強烈な回し蹴りを受けるが、弾防外套で受けきりイリスへのダメージは少ないが、数メートル後ろに飛ばされるがフィールド内ギリギリで持ちこたえる。
だがそれだけでは終わらない。両手に三本ずつ挟んだナイフで追撃してきたのだ。イリスは苦し紛れに太刀を抜き防ぐが、体勢が悪く今にも押しつぶされそうだ。
「……アブソリュート」
地面を侵食するようにイリスを中心に空色の膜が広がる。イリスが全く新しい能力の使い方をしている。
「チッ」
リリスは瞬時にバックステップで距離を置きナイフを投げつけるが弾防外套で全て弾ききる。
リリスに少しだけ焦りが見える。
リリスは四本のナイフを時間差で放つ、二本は上空で放射状に複製したナイフを放ち、残りの二本はイリスの両脇を通過する。しかしイリスは上空からの攻撃をアブソリュートで防ごうとはしなかったのだ。イリスの背後のナイフが複製されてナイフの進行方向とは反対側、つまりイリスの方へ向かって飛んでくる。
「これなら防ぎきれないでしょ」
全方位攻撃を受けたイリスは九八式対徹甲弾防外套で身を隠し全ての攻撃を防ぎきる。
それは神業だった。ナイフ同士の干渉を計算して命中するナイフだけを的確に九八式対徹甲弾防外套で防いでいる。
さらにそれと同タイミングで走り出し間合いを詰める。
「ようやくやる気になったわね」
「……」
リリスは直撃コースでナイフを投げるが全て九八式対徹甲弾防外套で受けきる。
そして外套から出した小太刀と指と指に間に挟んだ三本のナイフが衝突する。
しかし体格差がありすぎるのだろう。イリスが簡単に押し負けて宙に浮いた体は数歩後ろで着地する。
「接近戦ではこっちのほうが有利よ」
今度はリリスが間合いを詰める。イリスは飛び上がり全体重をかけて振り下ろした小太刀を難なく跳ね除けられるが、その反作用を利用した高く飛び上がった。
見上げたリリスは眩しそうに目を細める。イリスは照明と自分が重ねる位置に誘導して目暗ましをしたのだ。さらに外套を脱いで素早くリリスの背後に着地する。リリスは外套の方に意識がいっており、背後に着地したイリスへの反応が少し遅れる。振り上げた小太刀をギリギリの体勢で防ぐが、さらにイリスが足払いをしてリリスを転ばせようとするが、体重差から完全転ばせるには至らず、リリスが少し体勢を崩すに留まる。
その瞬間イリスの表情が少し変わったような気がした。あくまでも俺の感覚的な話だ。
イリスがバックステップで後退しようとするが後ろは既にフィールド外だ。リリスは体勢を立て直し、ナイフを振り下ろしイリスがそれをガードしようと立ちを振り上げようとした時だった。
「……えっ?」
足を滑らせたイリスが後ろに倒れていく、あまりに突然のことでイリスは受身を取らない。
「――――危ない!!」
リリスが叫ぶ。イリスたちは俺たちが観戦している場所とは反対側におり、到底間に合わない。
リリスはナイフを両脇に投げ捨てる。
体育館にドンと鈍い音が響く。
リリスはイリスの頭部を守るように抱きしめた。
「――――そこまで!!」
「両者フィールド外により引き分けとする」
イリスが無事で良かったが、まさかリリスがそんな行動を取るとは予想外だった。
リリスは手を貸しイリスは起き上がる。
「……私を助けなければ勝ちでした」
「そんなことより、言うことあるでしょ?」
リリスは少し呆れた顔した。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして……」
「勝ちにこだわっていると思っていました」
「それはそれ、これはこれ。単なる模擬戦よ、あんたに怪我なんかされた日にはこっちも素直に喜べないわ。それにまぐれで勝ってもしょうがないでしょ?」
「私はあなたのことを少し勘違いしていたようです」
「私もよ、だからここはお互い様ね」
それから二人は揃ってこちら側に戻ってくる。
「小宇坂宗助、昼休みは少し言い過ぎたわ。これからも共同で何かと行なうことも多くなるからよろしく」
「ああ」
それだけ言うとリリスはその場を後にした。結局のところ引き分けだ。
「イリスは接近戦もできたんだな」
正直なところ瞬発力の高さに驚かされた。外套が重たいため普段は制限されているのだろう。
「当然です、兄さん。残念ながら引き分けでした」
少しだけ悲しそうな雰囲気だった。
「いいや、十分頑張ったよ」
「……そうですか?」
引き分けたのが悔しかったのだろうか、依然として声色は暗く感じる。
「そうだ」
俺は少し屈んでそっと抱き寄せて頭を優しく撫でるとイリスはぴったりとくっ付いた。
その表情は少しだけ笑っているような気がした。
それから試合は進み、俺たちの出番はそれっきり訪れることはなく。二勝〇敗でまずまずの結果と言えよう。演習の閉会を会長が行い解散となる。