First Session(7)
俺はかなり緊張しながら、アイリスを後ろからそっと抱きしめるように腕を掴み、アイリスの体勢を矯正する。
俺たちの物理的な距離はゼロに等しく、その艶やかな銀色の髪から香る甘酸っぱい匂いはシャンプーのものだろうか?などと余計なことを考えてしまう。そんな俺とは裏腹にアイリスは特に気にした様子はない。フランス人はオープンなのだろうか?
アイリスが俺の顔を見るために少し後ろを振り向いた時に触れる銀色の髪が少しくすぐったい。
端から見れば二人が抱き合っているように見えるようで、他に居た数人の生徒が一瞬こちらを振り返ったような気がしたが、俺の意識は全くそちらに行っておらず、確認はしなかった。
そんな俺たちの少し後ろで、イリスもまた無表情でこちらを見ている。
「まだ銃を近づけても大丈夫だ」
「やっぱり怖い、スライドが飛び出すんだもん」
「腕を少し曲げて衝撃を吸収しないと、いつか反動で銃を頭にぶつけることになるから危ないよ」
何とか説得してスタンダードに姿勢に矯正した。ターゲットの狙い方は分かっていたので、その体勢を維持しながら、俺が補助している状態でトリガーを引かせた。
――――パーン!!!
俺が補助的にアイリスを支えている影響で反動はほぼなく、ターゲットのほぼど真ん中に命中する。
「やったー、当たったよ」
俺の方を振り返りその場で少しだけ跳ねた。
アイリスが振り返ると二人の唇はもう少しでくっつきそうな距離まで近づく。さらに、アイリスはその場でクルリと回ったために、彼女の小高くてやわらかいものが押し付けられている。その状況に俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
だがそれも一瞬の出来事だった。
この状況に気付いたアイリスは頬を赤く染めて、まるでうさぎがぴょんと跳ねるようにすぐに俺から距離を置いた。
「ご、ごめんね」
「ああ…」
恥ずかしそうに謝るアイリスに対し、俺も今さっきの状況が頭から離れず、返事がぎこちなくなってしまった。
俺もアイリスも照れくさいのか、二人の間に沈黙が流れる。
俺は今この状況でアイリスに何を言えばいいのか、頭の中で言葉を探す。
しかし、余計に何を言えばいいのかわからなくなってくる。
さて、どうしたものか。
そう考えていると、突然聞こえてきたある一言がこの状況に一筋の光を差した。
「マスター。射撃の訓練はもういいのですか?」
俺はその声を聞くこの時まで、この沈黙をいとも簡単に破った兵の存在を失念していた。
「イリス…」
はてなマークを頭に浮かべたイリスは自分の功績に気付いていないようだが…。
おかげでアイリスの方も気を取り戻したようで、口を開いてくれた。
「練習続けよっか?」
「ああ、そうだな」
再び俺はアイリスに射撃の指導をすることになった。
「ちょっと恥ずかしいね」
恥ずかしそうにしているが離れる気配はない。
照れたアイリスが可愛すぎて、色々とそれどころではないのだが、ここは何とか気持ちを抑えて踏みとどまる。
「ああ、だがアイリスはそういうのは気にしないと思ってたよ」
「そんなこともないけど、銃を撃つことに集中してたから……」
「あんまり気にしすぎても練習にならないが、離れた方がいいか?」
「そんなこと言わないで、ちょっと意識しちゃっただけで、大丈夫だから」
アイリスは少し慌てた様子で即答する。一応男として認識されているようだ。
「それじゃあ、続けてワンマガジン撃ってみるか」
ワンマガジンの残り十四発を撃ちつくすと、ターゲットには中心から半径十センチ以内に全ての弾が収束した。初めてにしては良いできだろう。その中でも途中から補助なしで撃たせたが、反動の吸収が上手くいっているようで、上下の振れは少なかったように思える。
ただ、実戦では瞬時に正確な射撃を要求されるため、使えるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。
「基本はその姿勢だから、後は練習あるのみだな」
「ありがとう、宗助くん。これからは毎日練習するね」
俺から教えられることは今のところないだろう。
個人レッスンを終え、個別に練習することにしたが、俺がいつも通り適当にワンマガジンくらい消化しようとした時だった。
さっきまで棒立ちだったイリスが近づいて来た。
「提案があります。兄さん」
「……どうしたイリス?」
イリスから何か言ってくることが珍しいため、少し驚く。
「兄さんは固有能力を持たないため、戦闘では手数で押され劣勢となることが多いと思いますので、二丁拳銃を試してみてはいかがですか?」
「そうだな、それもありかもしれない」
イリスの意見は最もではあるが、二丁拳銃にはメリットデメリットの両方が存在しており、どの場面に置いても有効とは限らない。しかし使えるに越したことはないだろう。
「銃は私のものをお使いください。兄さん」
「そうさせてもらう」
受け取ったワルサーP99を左手に構える。右手のSIG SAUER P220は地面に対して垂直持ち、左手のワルサーP99は水平持ちだ。理由は簡単で、右利き用の銃の排莢口が右側にあるため右手に持ったSIG SAUER P220に当たり壊してしまう可能性があるからだ。水平にしたワルサーP99の薬莢は下向きに排莢される。
格好は良いものの、この持ち方の場合、左右で反動の方向が異なるため、連射時のバランスを維持するのが大変なばかりか、両方の銃口と視線の位置にズレが生じるため、狙いを経験的、直感的に定める必要がある。また通常両手でグリップを押さえているため、反動による振れが大きい。
試しにワンマガジンずつ撃ってみるが、かろうじて的に命中する程度で使い物にならなかった。
「射線で狙ってもダメですか。兄さん」
「ああ、手振れが大き過ぎる、筋力をつけないと厳しいだろうな」
「反動を加味して狙ってみてはどうですか?」
「既にやってるが、バランスが取れなくてな。だからと言って左手用を使うと汎用性がないし、とりあえずこれは保留だな」
「余計なことをいいました。兄さん」
「そんなことないさ。何、時間のある時にでもやってみるさ」
イリスは無表情だったが、少しだけ落ち込んでるように見えた。
それから俺たちは持ってきた箱の弾薬がなくなるまで練習を続けた。