First Session(6)
射撃演習場は校舎裏の林の中にひっそりと佇むコンクリート打ちっぱなしの建物で屋根付きで剛性の高そうな見た目である。夏場は楽に移動ができるが、冬場はそうはいかない。
定期的に除雪はされているようだが、狭い一本道は雪が十センチほど積もっており、非常に歩きにくかった。
演習場は平日ならば七時から二十時まで利用でき、休日でも生徒会へ申請を行なえば鍵を借用でき利用することができる。
演習場では既に何人かの生徒が利用しており、十レーンある内の二レーンは既に使用されていた。アイリスに演習場の使用予定を確認したが授業で使う予定は無かったので、自主練習だろう。
「こんな寒いのによく練習に来るな」
「練習は大事だからね。私も結構ここに来て練習しているの」
「意外だな、てっきり戦闘はしないものだと思っていたよ」
「そんなこと全然ないんだよ。私も守護科である以上、ランクの高い依頼ではないけど一週間に一度くらいは依頼が来るよ」
「しかし、なんで守護科なんだ?」
俺の中で唯一腑に落ちない点だ。学園で預かるのはわかるが一般生徒もいるのだから、そっちに混ぜればいいだろう。こんな寂しい教室に一人でいる理由が何かあるのだろうか?
「それは、まあ、色々と大人の事情みたいだよ。私自信も詳しいことは聞かされてないんだ。でも嫌だとかやめたいと思ったことはないし、寧ろ守護科で良かったと思ってるんだよ」
アイリス曰く、弱かった自分を鍛える良い機会になったらしい。それに剣術を学ぶことで精神も鍛えられたとか。俺としてはアイリスが良いならそれでいいのだ。これ以上この話を深く掘り下げることはしなかった。
使用中のレーンに居る男子生徒の銃撃を横目に開いているレーンへ移動する。一瞬しか見なかったが、ターゲットへの命中率はそこまで高くないように思える。
「たくさんレーンが余ってるから一人一レーンでやるか?」
「それもいいけど、私はあまり上手に撃てないから、指導してほしいな」
「……兄さんに任せます」
俺の後ろにいるイリスも納得してくれたようだ。
「それじゃあ一レーンで交代しながらやろう」
「うん、ご指導よろしくお願いしますね」
「俺もそんなにうまくはないから期待し過ぎるなよ」
「弾を持ってくるけど、アイリスは何つかってんだ?」
「私のはこれだよ」
スカートを少しまくり上げて見えるか見えないかのスレスレで出したのはあまりにも有名な拳銃だった。
「M9っていう拳銃みたいなの」
この口ぶりからわかると思うが拳銃のことは素人のようだった。あまり詳しくなられても個人的に困るので今のまま現状キープでお願いしたいところだ。
M9とは正式名称Beretta Model 92のことでアメリカ軍がM9として正式採用したため日本ではべレッタM92と略されることが多い。この銃は非常の出来がいいため世界各国で採用されているのだ。それに加えて洗練されたフォルムゆえ、映画やアニメなんかでも良く見かける。弾薬にはモデルごとに様々だが、これは9mmパラベラム弾を使用するモデルだ。装弾数は十五発で最もポピュラーなものだと言える。
カラーはブラックをベースにピンクゴールドのラインが入ったもので、アイリスオリジナルモデルであろう。
「良いものをもってるな」
「宗助くんのは?」
「俺はSIG P226Rアイリスと同じで9mmパラベラム弾だな、アイリスも同じだから、俺が纏めて弾薬持ってくるから待っててくれ」
弾薬庫の中に収められている大量の銃弾の中から9mmパラベラム弾が入った厚紙の箱を二箱持っていく。そんなに重たいものではないので片手の脇に抱える。
持ってきた箱をレーンの棚に置き、早速射撃練習を始める。
それぞれとりあえず一マガジン撃ってみてどれくらいの精度なのかを確かめることにした。その結果はある意味では予想通りだった。
アイリス→俺→イリスの順だったのだがアイリスの弾が壊滅的だったのだ。
「う~ん、中々当たらないね。やっぱり何度やっても難しいよ」
「重心がぶれていますね。兄さん」
「ああ、それに持ち方も悪い」
「狙い方もやり方は間違っていませんが、少し変えたほうが良さそうですね。兄さん」
「それに少し腰が引けすぎだな」
俺とイリスでアイリスの銃撃を考察していると少しだけしょんぼりしたアイリスが俺達の方を見た。
「ダメダメなのは分かってたけど、他の人に言われると思いのほかショックだよ」
これは少し言いすぎたかもしれない。
「いや、ごちゃごちゃ言って悪かった」
「謝らないで、私が下手なのは事実だし」
「ここは前向きに考えよう。どうすれば上手くなるかだ」
「ここは兄さんが直接指導するべきでは?」
「確かにそうだが、知識だけで言えばイリスも適任だろう」
「確かに知識はありますが、アイリスさんを指導するにも身長が足りませんので」
イリスがゆっくりと一歩下がる。
「それではお願いします。宗助くん」
「わかった。まずはいつもの持ち方で持ってみろ」
アイリスの持ち方は両手で持って自分の真正面に銃を構えており、股は少し開き気味で、腕を結構伸ばしており、銃と顔との距離がかなりある。
「もしかして銃が怖いのか?」
俺が質問するとアイリスはハッとする。
「構えだけでわかるものなんだ……、流石だね。私は銃がちょっと怖くてあまり自分に近づけたくないの」
「だろうな」
それはもしかしたら失われている記憶を体が覚えているからかもしれないし、ただ単に一般人として普通に怖いだけなのかもしれないが、どちらなのかはわからない。
だが、腕が伸びきっていると銃からの衝撃を吸収しきれずに銃身が上を向いてしまう。それに顔が遠いせいで照門からの照星の位置がずれて見えてしまっているのだろう。
「まずはグリップの持ち方からだな」
俺が横で持ち方を説明するが中々上手くいかない。自分の銃で説明しているにも係わらずだ。五分くらいでようやく持ち方が形になり、このまま順調に行くかと思いきや、体勢については全然理解してもらえず、少しアイリスがムッとする。
「言葉で言われてもわからないわ。見よう見まねでできたらこんなに苦労しないよ~」
「じゃあどうすればいい?」
「兄さんが直接、姿勢を矯正して見てはどうですか?」
「それがいいよ。それじゃあお願いするね」
俺が反論する隙もなく、イリスの意見にアイリスが同意し、俺は心の準備もなく突如スキンシップを取ることになってしまった。