First Session(1)
アパートを出て直ぐに駐車場の前で雪かきをしているニルの姿が目に入る。昨日は相当降ったらしく、四十センチ以上積もっていた。ニルは防寒着をフル装備でTOYOTA 86の周りを一生懸命に除雪していた。
「おはようニル、朝からご苦労だな」
「宗助じゃない、おはよう。……そっか、今日登校するんだったわね」
俺の制服姿を見た後でそう言う。
「それにしても休んでも良いって言われて登校するなんて、優等生過ぎない? 全然宗助らしくないじゃん」
「うるせぇなぁ、ニルこそもう少し勉強した方がいいんじゃないか?」
「私が守護科の授業について行けるわけないじゃん」
「自覚があるんだったら尚更じゃないか?」
「もう、今日はいいでしょ、私、ハチロクちゃんのチューニングをしなきゃいけないから」
何を言っても無駄なことがわかったので学園へ行こうとした時だった。
ガチャンッとアパートの一階の扉が開く音がした。
少し慌てた様子でアパートを出たのは銀色のセミロングヘアーに赤いマフラーをした女子生徒だ。俺とニルに気付いたのか手を振りながら近づいてくる。
「おはよう、宗助くん、イリスちゃん」
「ああ、おはようアイリス」
俺へ挨拶した後に少し屈んでイリスに挨拶するがイリスは俺の後ろに隠れて一言も喋らなかった。
そして自然な挨拶に着いて行けなかったニルは俺とアイリスを交互に見た後に「誰?」と小さく呟いた。
「宗助くんと一緒に守護科に転校してくる人ってもしかして?」
ニルを見ながらそう言う。
「その通りだ。紹介しよう。月宮学園からの友人、角谷ニルだ。頭は悪いが車のことにはとても詳しい。是非、足として使ってやってくれ」
「ちょ、ちょっと何勝手に私の紹介してるのよ!! それに馬鹿って何よ、馬鹿って!!」
俺がジョーク交じりに言ったのが相当気に入らなかったらしく、手加減なしで俺の足を蹴って来た。
「痛いな、何しやがる」
「ふん」
ニルがそっぽを向く。
そんなやり取りを見ていたアイリスが少し微笑んだ。
「二人共仲がいいんだね」
「全然よくねぇ!!」
「全然よくない!!」
ニルと声が被さる。
「私の自己紹介がまだですね。私はアイリス・アンジェ・アトランティカ、宗助くんと同じ一年守護科です。これから一緒に学ぶことになりますのでよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いするわ」
あまりに優等生過ぎる挨拶にニルが戸惑いを見せる。
「えっと……、角谷さん?」
「ニルでいいわよ」
「ではニルさん、私のことはアイリスって呼んでね。それでニルさんはのんびりしているけど、学校はいいの?」
「そのことは俺からも散々言ったんだが、二年の頭から通うらしい、だから今日は俺とイリスだけだな」
「その言い方だとさぼりみたいじゃん。私は先生に言われて二年の初めから通うことにしたんだから、別にさぼりじゃないわよ」
ニルはドヤ顔で胸を張った。
そこは胸を張るとこじゃねぇだろっと思ったが口にはしなかった。
まあ、学園からOKを貰っているので、俺からはこれ以上何も言えない。
「そうなんだ、それじゃあニルさん、私たちは学校に行ってきますね」
「あ、そうだ何なら送ってくよ?」
「……その提案はありがたいが……、車、埋まってるぞ」
「……」
ニルが黙ってしまった。
そう、話は頭に戻るが、ニルはスタックして駐車場から一歩もでないTOYOTA 86の周りの除雪するために朝早くから肉体労働に励んでいるのだ。
「それじゃあ、俺たちは行くわ」
アイリスと一緒登校できるとは運がいいとか思った矢先、俺だけニルに腕を掴まれ引き寄せられる。
「ねぇ、もしかしてあの子が宗助の例の子なの?」
俺の耳元に小声で呟く。
「ああ」
「ふぅ~ん、目先の餌に釣られた訳ね。まあ、頑張んなさいよ。あははは!!」
ポンポンッと背中を押されて俺は少し速足でアイリスに追いつく。
少し後ろを振り返ったアイリスが少し首を傾げる。
「何話してたの?」
「いいや、大したことじゃねぇよ。さっさと行こうぜ」
早く出てつもりだったが立ち話をしている内に結構時間が過ぎていたようだ。
「イリス、学園まで間に合いそうか?」
「問題ありません、現在の速度ならばホームルーム二十分前には到着します」
計算している様子はなく淡々と喋る。
「凄いんだね、イリスちゃんは、よくそんなことわかるね?」
「……、……計算、得意ですから」
それだけ呟いて俺の後ろに隠れてしまう。アイリスが積極的に話かけているがやはり駄目だ。しかしながら少しずつ改善しつつあるように見える。
徒歩十分程度の道のりで、学園に近づくたびに生徒の数は増えてくる。それに比例するように視線を感じるようになる。
「やはり目立つな」
「仕方ないよ。イリスちゃんとっても小さいから」
「それもそうか」
注目されているのはもちろんイリスだ。この学園には能力者が多く集められており、中には飛び級している人もいるが、イリスくらいの身長の子はとても珍しい。というよりも見たことがない。俺が知っている人で一人いる。確か月宮学園守護科の教員だったはずだが……。
「それに制服だって違うんだもん、目立って当然だよ」
「とは言ってもカラーが違うくらいだろ?」
デザイン的にはほとんど変わらないが色が異なるのだ。
それに加えて、俺は派手な双剣を装備しているし、イリスは九七式防弾外套を着ているため、一般の生徒は明らかに異なる。
目立つことは警護の関係上よろしくはないのだが、こればかりはどうしようもないので、そのまま登校することにした。