Northern Land(6)
アパートの前にはTOYOTA 86が止まっている。どうやらもう二人は帰ってきているようだ。俺も会長に貰った鍵で部屋に入った。
明かりを付けると真っ先に電気ヒータの電源を入れた。北海道の冬は寒い暖房をつけていない室内は外気ほどではないが、プラスで一桁くらいの気温だろう。
部屋は間取りで確認したよりも体感的に大きく、家具も一式揃えられている。
ソファーに適当に上着を脱いで置いた。
イリスもついてくるがリビングの扉を入ってそのまま動かなくなる。
「どうしたイリス?」
「……?」
イリスが首を傾げる。どうやら何をすればいいか分からずフリーズしているようだ。
「そんな所にいないで、ソファーにでも座っていてくれ」
「了解、マスター」
制服から着替えたかったが他に着るものが何もないことみ気付く。当然だがイリスも今着ている服以外はない。
時間は5時前くらいだ。まだ店は開いている。だが問題はそこではない。俺ではイリスの服は選べない。
などと考えているとニルからSNSで連絡が来ていることに気が付く。直ぐに確認すると『帰ってきたら連絡してね』とメッセージが入っていた。
俺は『今帰ってきた』と送る。すると直ぐに既読のマークが付いて1分せずに『車出すから駐車場に来て』と返って来る。
俺は脱いだ上着を着なおして玄関を出る。俺の動きの追従しないイリスはソファーに座ったまま俺のことを見ている。
「そんなに遅くはならなかったみたいね」
隣の部屋から出てきたのはリアだった。
「お前ら買い物いったんじゃなかったのか?」
「ソウスケたちを待ってたの、どうせソウスケも買い物行く予定だったんでしょ?」
「それはそうだが随分タイミングがいいな」
「部屋隣だもん、音くらい聞こえるよ」
「それはそうだが、ということは乗せてもらえるのか?」
「もちろん、そのために待ってたんだから。それでソウスケの方は学校での用事は済んだの? 随分早かったけど」
「ただ教室の下見をしてきただけさ、用事と言うほどではない」
リアに続いてニルもその隣の部屋から出て来る。
「みんな揃ったみたいだし行くわよ!!」
俺はソファーで座っているイリスを連れていく。イリスは自発的にあまり動かないというか俺の命令待ちな所がある。
「それじゃあ行くわよ」
TOYOTA 86は盛大に尻を振りながら急発進した。
荒っぽいのは発進から到着まで、正直滑りまくっていて生きた心地がしなかったが、何事もなく郊外のショッピングセンターへ到着した。
ニルとリアは女物の買い物に行くということでイリスのものも買ってきてもらおうと思ったが中々イリスが離れない。
「俺ではイリスの肌着までは選べないからニルとリアについて行って貰えるか?」
「ダメです。マスターは私を置いていきました」
さっきからその一点張りで袖を掴んだまま離さない。
「店の前で待ってるならいいか?」
「……わかりました」
イリスは無表情だが、渋々了承したような雰囲気だった。
それからというもの女物の店に入ったきり小一時間はでてこなかったので、俺はベンチで缶ジュース片手にスマートフォンを弄りながら待った。
「お待たせ、それじゃあ行きましょう」
三人とも両手に大きな袋を抱え出てくる。俺は車に積めるか不安になったが今更言うまい。
「……っん」
イリスが俺を見るなり小走りで俺の袖を掴んだ。イリスの持っていた荷物を俺が変わりに持つ。
「めっちゃ懐いたね」
「うるせぇ」
その後なぜか俺の買い物を全員で回る羽目になってしまった。誰も俺の買い物になんて興味ないと思っていたがそれは俺だけの意見だったようで、みんなでゾロゾロと店に入って行った。
「そういえば、夜飯はどうする予定だったか?」
「特には決めてないね」
「私は外食でも全然いいよ。何ならここ以外でもハチロクちゃん出すよ」
「それは面倒だからフードコートでよくないか?」
「それもそうだね」
どこで食べるかは決まったが何を食べるかで苦労したのを忘れてはいけない。
イリスを除く三人はそれぞれ直ぐに決まったが、イリスは意見がないので、何とか説得して自分の食べたいものを選ばせよとしたが「マスターの選んだものなら何でも」の一点張りで埒が明かなかった。
結局、俺とイリスはマック、リアはカロリーを気にしてうどん、ニルはラーメンにしたようだ。イリスは最終的に「マスターと同じので」と言ったのでこうなった。
四人掛けの席に座りハンバーガーを頬張った。
「そういえばさ、今週は登校する? 生徒会長は来年度からでもいいって言ってたから、みんなどうするか気になって」
ニルはスマートフォンを弄りながらラーメンをすする。
「携帯弄りながら飯食うな、行儀が悪い」
ニルはソーシャルゲームが大好きで車を運転するかゲームしてる。
「ソウスケ、ニルのお母さんみたい」
「それで、どうなのよ?」
「俺は出るよ、登校する目的が見つかったし」
「そう、リアは?」
「私? 私はもちろん休むわ。別に出る理由なんてないし」
「じゃあ私も休もうかな、ハチロクちゃんうぇを冬仕様にチューニングし直さなきゃならないし」
そんな他愛もない会話が続くなか、イリスはハムハムと小動物のように大きなハンバーガーを一生懸命に食べていた。
帰宅した後も買った荷物の整理で大忙しだった。そんな俺を見て黙っているイリスに自分のものの整理を命令するとようやく動き始めた。こうして俺の慌ただしい引っ越し初日は過ぎて行く。