Remember(9)
そして運というか流れが俺にもやって来る。
俺の両親は他の発電設備の中で無事だったらしいが再開することは叶わなかった。
事故の重要参考人としてフランス軍に拘束されており、面会を許してはくれなかった。話によればこの事故の責任を取らされる可能性もあるそうだ。
仮設住居暮らしも未成年の俺では限界が来ており、施設暮らしを余儀なくなりそうな時だった。母方の祖母が俺を引き取ってくれることになったのだ。
あの男のマントに書かれていた『GUARDIANS』の文字は日本ととある民間軍事会社が経営している学校の生徒に与えられた称号のようなものだったのだ。
俺はそこを目指して勉学や肉体改造に励んでいた。
そこにやって来た祖母からの話だ。
俺はまるで運命に導かれるように日本へと向かう決意をしたのだ。
これから俺はどうなっていくのか分からない。
だが、何事も最後に有無を言うのは膨大な力にあり、力が強い者が勝利を収める。強者こそが勝つ、この世界ではただそれだけが絶対の法則なのだ。
フランスを発つ前日、俺は初めてあの事故現場に足を踏み入れた。
それは過去と決別するためだ。
ショッピングモール跡地の瓦礫が撤去され、代わりに献花台が設置されていた。
そして大きな慰霊碑もあり、多くの花束が供えられていた。
朝、一番に来たため、俺以外には誰もいない。
俺の直感はここに彼女はいないと確信していた。
それがなぜなのか理由を説明することはできない。
だが、一つだけ分かることは彼女の冥福を祈りにここに来たわけじゃない。
犠牲者へ祈りを捧げ立ち去ろうとした時だった。
大きな慰霊碑の裏側から空のように透き通るようなスカイブルーの長髪で年齢は多く見積もっても十二歳くらいの幼い少女が現れたのだ。
身長は彼女よりも低いがその凛々しい表情に圧倒される。
身長が低いので髪の先端が地面に着きそうなくらい長い髪が印象的である。
髪の色に同調したような美しい青い瞳を持ち、白いワンピースは風でなびき、より一層の空想的な雰囲気を強調していた。
その初対面の少女は俺の方をずっと見つめていた。
「初めまして、コウサカさん。決心がついたようで何よりです」
俺は少女を知らない、でも少女は俺を知っている。
まるで全てを見てきたかのような口ぶり、口調はとても穏やかで冷静、体の中身は別ものであるかのような、とても大人っぽい。
それでも名前の部分だけはアクセントがどこかおかしい、不自然な日本語となっていたが、他においては日本人と大差はない。
「俺を知っているのか?」
あまりに唐突なことに思ったことを口にしてしまう。
「知っているです、最初から最後まで、コウサカさんがここに来た時から去る時まで、そしてコウサカさんは運命を自分の手で選びました、そんなコウサカさんを今日は祝福するためにやってきました」
達者な日本語で喋っていく。
「君は?」
「わたくしは運命を知る者の一人、人類たった二人の改編者で世界構築の超能力者、名を『静かに戦慄を奏でる者』と申します。何を言っているのか理解が追い付かないと思いますが、全ては事実なのです」
電波なことを言うが、その雰囲気からは何となく、直感的にだが理解した。
そう俺はこんな意味不明なことを理解しようとしたのだ。
あの日からの俺は少しおかしいかもしれない。
「そうか」
「はい、以後お見知りおきを。再び会うその日まで、今日は要件がありここまで来たのでした」
「俺はあなたを知らないが?」
「それでいいのです」
何が良いのか理解が追いつかない。
「今日は予言と聖宝をそれぞれ一つずつ用意いたしました。どちらからにいたしますか?」
どの道、何を言っているかは分からないのだ。
ならば俺は直感で決める。
「聖宝で」
「わかりましたです。それでは聖宝をプレゼントいたします」
小柄な体からは想像もできないものだった。
その恰好や幼さからはかけ離れたものだった。
少女の背中、ワンピースの間からだろうか。
手を背中に回しワンピースに下からめくり上げるように出て来たのは西洋剣つまりソードだったのだ。
鞘からすべてが銀色で覆われ、太陽の光で眩く反射し、描かれたレリーフを浮き上がらせるようだ。
その中心には深青に染まったサファイアのひし形結晶が埋め込まれ、それに羽根が生えたように二枚その両側にレリーフがついている。
それらの装飾は表裏同じようになっていた。
それが左右で二本あり、どちらもまったく同じ瓜二つ、双璧をなしている。
それを俺に手渡した。
「……これを俺に?」
あまりのすごさに受け取るのがためらわれる。
「そうです、これは今からあなたのものです。受け取っていただけますか?」
静かに近づいていき、ベルトに装備するように接続金具で付けてくれた。
あまりの手際の良さに驚いたりはしない。もうすでに様々なことに驚きすぎてしまっていたからだ。
「ありがとう、でも一回聞くけど、本当に貰っていいんだな?」
「その通りです、とてもお似合いです、私の見立てに間違いはありませんでした」
「それはどうも」
「それでは予言の方を一つ――――」
『コウサカさんがいずれ会うでしょう、彼女に再び、必ず、異国の地で』
「――――予言それは未来を見通す能力、この事象が必ず、あなたの身に訪れますよ」
この子は確かに言った、未来を見通す能力があると……。
それは空想上の物語なんかで出てくる超能力のようなものなのだろうか。
いつも通りの俺ならば冗談半分に子供の悪戯くらいにしか思わなかっただろうが、彼女の純粋な瞳からは冗談など微塵も感じ無かった。
そうか、それは良かった。
「ありがとう」
「いいのです、これは運命なのですから」
「だが、貰ってばかりでは――――」
「いいえ、私の目的は達したのです。あなたならば必ず私たちを救ってくれると、そう信じてあなたを待ちます」
そして少女は俺に背を向けて、慰霊碑に向かってゆっくりと歩いて行く。
やはり、言葉が足りず理解に苦しむ。
「待ってくれ、それでも俺は気が済まない」
「……そうですね」
少女は少しの時間考え込む。
「では、あなたがそういうのならば、それを預からせてくれますか?」
少女は俺が身に着けているシルバーの腕輪を指さす。
これはアイリスがあの日、ショッピングモールで俺に選んでくれたものの一つだ。
二つあったはずのそれが今はそれ一つだけのものとなってしまっている。
「わかった、これは俺が世界で一番大切な人から貰った宝物だ。大事にしてほしい」
「全てを理解していますです。それでは銀幕の双剣小宇坂宗助、再び会う日までさようならです」
突如吹き付ける花びらに俺は目を瞑った。
ゆっくりと開けた視界に少女はもういなかった。
まるで幻のように、幻想のように、幻影のように、その場に一人残ったのは俺だけで他に誰もいなかったように……。