表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第8話「銀狐VS田中西」

作者: TEATIMEMATE

   銀狐VS田中西


 「何だ?」

「俺たちに何か用か?」

相原裕紀(あいはらひろのり)相原浩己(ひろき)は、下校途中、人通りの少ない公園脇の歩道で一人の女子生徒に道を塞がれた。

 見覚えのない顔。知らない気配。制服は彼らと同じ一高のものだった。

 「初めて御目にかかります。(わたくし)、一年七組に在籍しております、相本沙綾(あいもとさや)という者です。突然お引き留めして申し訳ありませんが、一時(いっとき)ほど私たちにお付き合い戴けませんでしょうか」

 色白の大人しそうな少女は丁寧に言葉を並べて深々と頭を下げた。

 肩口から緩くウェーブの掛かった柔らかそうな髪がこぼれる。

 ――私たち?

 二人は沙綾の言葉で視線を彼女から外した。――ほかに誰かいるのか?気配がない。

 「同じく一の七、田中西(あき)だ。龍騎兵(ドラグーン)の相原だな」

 声は少し高いところから降ってきた。

 公園の、歩道へ張り出した木の、上か――。

 二人は声のした方へ顔を向けた。

 がさがさと枝が揺れ人影が舞い降りる。

 木の葉と一緒に小柄な少女が地面に降り立った。

 こちらも見覚えのない顔。

 ――龍騎兵。「そういう」用件か。

 裕紀と浩己は互いに顔を見合わせた。

 「そういう」用件は減ってきているものとばかり思っていたが、こんな女の子たちから「龍騎兵」の名前を聞くなんてなぁ。二人は軽く溜息をもらした。

 「龍騎兵」は、彼らが入学する前の年にはすでに解散してしまっていた一高の校区を縄張りとする暴走族の名だ。この辺りでは最大のチームで数々の伝説も残っている。彼らも確かに中学時代には、龍騎兵との関わり合いがなかったわけではないが、「龍騎兵の相原」などと呼ばれるほど関わった覚えはなかった。

 「申し訳ないけど、俺たち、龍騎兵なんて知らないよ」

何中(なんちゅう)の出身か知らないけど龍騎兵なんて随分前から聞かないだろ」

 二人はショートカットでボーイッシュな娘に向かって言って聞かせた。龍騎兵の解散は一般生徒の間でも周知の事実だ。最後の総長だってもう卒業してしまっている。龍騎兵の伝説はもう昔の話なのだ。

 彼女たちが何をどこまで知っているのかは知らないが、物騒な話は遠慮したい。

 二人は娘たちの気配を計っていた。

 沙綾とかいう娘はごく普通の女子高校生だ。しかし、西というこの娘は彼らの前で気配を消して見せた。ものを目で見ていない彼らの前で。先輩たちの例もある、ごく普通の女子高校生とは言えなかった。

 「なら、」

と、西は挑戦的な瞳を二人に向けた。

「お茶会同好会の相原でいい。ちょいと相手になってもらおうか」

 彼女の雰囲気は彼らの先輩に少し似ているようだった。

 いやーな予感が頭を過ぎる。

 「お茶会の」と言い換えられたところで実質は変わっていない。穏便な用件、例えば――そうあってくれればどんなにいいだろうが――交際の申し込みなどでは決してないことだけは確かなのだ。

 「できれば勘弁してもらいたいんだけどな」

 裕紀は無駄とは思いながらも一応申し入れてみた。こう正面切って挑まれると対処の方法が思いつかない。

 「相原。会長のところに直接行ってもよかったんだよ」

 西の挑発的な態度は変わらない。

 会長――お茶会同好会会長、日栄一賀(ひさかえいちが)。彼に触れれば二人を刺激することを知っている口振りだ――。そして、龍騎兵を知っていて日栄一賀を恐れない。――何者だ?

 「でも、日栄先輩は(たまき)女史以外の方とはお付き合いなさらないというお話でしたから」

 沙綾がにこやかに口を挟んだ。

 そうだった。沙綾の言葉が二人に思い出させた。

 「あの人が相手にしない連中を俺たちが相手にするいわれがない」

 一賀はもう「最強最悪」と呼ばれていた頃の一賀ではない。誰の挑発にも乗りはしないだろう。彼が争わないなら彼らとて彼を守る必要はない。

 「沙綾ちゃん、余計なことは言わなくていいの」

西はちっと舌打ちして拳を握った。

五分(ごふん)だ。反撃する気がないなら手を抜いてやる。(かわ)せるものなら躱してみなっ」

 返事を待たずに西は二人に飛び掛かった。

 ――手を抜いてやるだと。

 ――誰に向かって言ってる。

 裕紀と浩己はひょいと飛び退いて歩道の脇に鞄を置いた。

 争いごとは好まないが、なめてもらっては困る。

 手を抜いて、五分で俺たち二人を落とすって言うのか。

 二人はくるりと西の方へ向き直った。

 「見えてないってのはホントだな」

 耳元で声。

 「なっ――」

 西はいつの間にか二人のすぐ(そば)に立っていた。

 ――浩己っ。

 裕紀は咄嗟に弟を蹴り飛ばした。

 西があろうことか銃を抜いたからだ。

 構造は――ガス(ガン)。しかし、プラスチックの弾ではなくアルミ製の弾が詰めてある。

 「飛び道具かよ」

 ――何て凶悪な女――。

 西は容赦なく引き金を引いた。

 「龍騎兵のくせに田中の西さんを知らない方が悪いんだよ」

 弾が裕紀の頬を掠めた。

 躱せたのではない。相手がワザと外したのだ。

 ちくしょう。田中西だと。知るかよ。

 裕紀は追いかけてくる銃口を避けて回り込んだ。

 「視界」の端、西の背後で浩己が立ち上がる。

 しかし、裕紀の方を向いたまま西は笑顔を浮かべていた。

 左腕を背中へ回す。

 「浩己っ」

 裕紀は西に掴みかかった。

 同時に浩己が西の左手の銃を狙う。

 西は笑顔で小さく舌を突き出した。両手を引いて腕を交差させ自分の脇の下へ銃を隠す。

 目標を失った二人は一瞬ずつ躊躇した。

 その間に西は裕紀の方へ向いて腕を開いた。二つの銃口が裕紀の大腿と、もう西の肩まで迫っていた彼の左の掌に突き付けられる。

 ガスの抜ける音。

 「ちっ」

 裕紀は躱せないと悟るとそのままその銃を掴んだ。痛みが手足を突き抜ける。小さなアルミの弾は、人間の身体を貫通するほどの威力は持っていなかったが、皮膚を破り浅く体内に食い込んだ。

 血が滲む。

 ――この程度でっ。

 裕紀は痛みを(こら)えて銃を奪い取った。

 浩己が凶器を失った西の右腕を掴む。

 西は右腕を掴まれたまま、左手の銃を裕紀の左大腿に向けて連射した。小さな弾とはいえ、数が集まれば肉を抉る。(たま)らず裕紀は膝を付いた。

 「裕紀っ」

 浩己は腕を引いて西の身体を引き寄せた。

 彼女は浩己の懐でくるりと身体を回して銃口を彼の脇腹に押し当てた。僅かの躊躇いもなく引き金が引かれる。

 浩己は西の右手を力任せに捻り上げた。

 西は銃を握ったまま左手を振り上げて浩己の首筋を殴り付け、そのまま腕を引っかけて浩己の身体を蹴って宙返りした。

 スカートがふわりと彼女の身体を追い掛ける。

 浩己は脇腹を押さえて膝を付いた。

 撃ち込まれたのは一発ではなかった。

 「あんたたち、実弾なら命はないよ。女に手加減してちゃ日栄一賀の代わりは務まらないんじゃないの」

 西は浩己の前に立ちはだかって銃を突き付けた。

 ――この女――。

 浩己は俯いたまま西との間合いを計った。

 ――浩己。

 頭の中に裕紀の声が響く。

 ――ああ。

 浩己は飛び起きて足を振り上げた。

 西の手から銃を弾き飛ばす。

 「物騒な玩具(おもちゃ)使いやがって。――動くなよ」

 裕紀は西から奪った銃を彼女に向けた。

 しかし、西はそんな警告など聞きはしなかった。

 浩己は殴り掛かってきた彼女の手を取って投げ飛ばした。地面に叩き付けることもできたが、やはり女の子の小さな手がそうさせることを躊躇させた。

 ――だめだ。俺たち、やっぱ、甘い。

 西は猫のように身を捻って柔らかく着地した。

 二人はその彼女を追って殴り掛かった。

 裕紀と浩己のよく知っている先輩と違って、西は素手での立ち回りは得意ではないようだった。二人の攻撃を大きく避けて後ろへ逃げる。

 二人は、彼女が逃げるよりも少しずつ多めに間合いを詰めて、彼女の周りのスペースを埋めていった。

 ――もう逃がさない。

 裕紀と浩己は僅かな時間差を置いて巻き込むように、残った西の空間を閉じに掛かった。西の身体の左右から腰を回して蹴りを入れる。逃げ場所はもう少ない。一撃目を躱したとしても二人とも二撃目を用意している。怪我しない程度に―――。

 しかし。彼らは二撃目を放つことができなかった。

 一撃目を躱した西の立ち位置に沙綾が立っていたからだ。

 ――何で。

 二人は回し蹴りの途中で踵を引き付けてその場にしゃがみ込んだ。

 ――何でこの()がこんなとこに。

 「全く甘いねえ、銀狐。沙綾ちゃんをただのギャラリーだと思ってたのか?」

(わたくし)たちの勝ちですわ」

腕を組んで立つ西の隣で二人のこめかみに銃口を突き付けたのは上品な笑みを浮かべる沙綾の方だった。


★             ★


 「先輩っ、知ってたんですか、この女」

 翌日図書館の五階で、裕紀(ひろのり)浩己(ひろき)はさっそく西(あき)沙綾(さや)に再会した。

 「田中の西さんと言えば、二中(にちゅう)じゃあ知らない者はいないんだけどねえ」

「あんたたち知らなかったの」

 西讃第二中学出身の不知火羅牙(しらぬいらいが)碧嶋美希(あおしまみき)は、神田恵子(かんだけいこ)に傷の手当をしてもらっている二人ににこにこ顔を向けた。

 「知りませんよ。一中(いっちゅう)じゃあ俺たちの相手は高校生ばっかだったんだから」

恨めしそうな視線を順繰りに先輩たちに送る。

 「それにしても西さんは相変わらず容赦ないねえ」

 二人の視線をわざと避けて、同じく二中出身の石田沙織(いしださおり)が治療中の二人の傷に視線を落とす。

 「全くですよ。こんな凶暴な女、見たことありませんよ」

 浩己は制服のワイシャツの前を開けて脇腹の傷を恵子に見せていた。喰い込んだ弾を昨夜のうちに自分たちで取り出したので傷を広げていたが、素人を相手にして彼らがこんなに傷を負わされることなど滅多にないことだった。

 「あたしは容赦ないよ、例えば相手が会長でもね」

 西は手に持ったティーカップの方に口を近づけて紅茶を啜った。

 「だめだめ、西さん。一賀ちゃんには傷付けないでよね」

慌てて恵子が手を振る。

 「先輩たちは会長を甘やかしすぎですよ」

西は笑った。

 彼女は、二中では知らぬ者のいない銃器マニアだった。しかも、収集が趣味だとか蘊蓄を語るだとかいうタイプではなく、「実用向け」の改造銃を扱っているというので密かに有名だった。

 「お前、日栄(ひさかえ)さんに何かしたら承知しないからな」

 浩己も睨み付けて釘をさす。

 西の隣で沙綾がくすくすと可愛らしく笑った。

「日栄先輩、愛されてますわね」

胸の前で両手を組んでほうっと溜息を吐く沙綾に、

「溺愛しちゃってるからね」

美希が応じる。

 「先輩、そういう誤解されるような言い方はやめてもらえます?」

抗議する裕紀に、

「だってそうでしょ」と美希。

 裕紀と浩己はぎこちなくならないように首を回し、西の様子を窺った。

 彼女は、カップを片手に頬杖を付いて彼らの方を眺めていた。目が合うとにこっと笑う。少年っぽい面差し。

 裏表のない真っ直ぐな感情。

 邪気は感じられない。

 しかし。

 彼女は、彼女の本意を計りかねている二人に対し、

「銀狐。あたしには会長に借りがあるんでね。そのうちやるよ」

と、大胆不敵に笑顔で宣言したのだった。


銀狐VS田中西 あとがき


 なんだか勢いづいて二日で書いてみました。

 本シリーズ初登場、田中の西(あき)さんと銀狐の対戦。

 うちの女性陣は相変わらず凶暴ですなぁ(笑)。西さんは、羅牙(らいが)さんより凶暴かも。羅牙さんの場合は無敵だから、相手を傷付ける必要がない分お手柔らかだもんね。西さん、容赦ない…。うう。

 彼女は「この街きっての(ガン)マニア・機械(メカ)マニア」ということになってるけど、実際は「手先の器用な機械工作好き」と言った方が正解である。銃以外のものも色々扱っているから。お父さんが警察官なので、そこはそれ、上手い具合に法に触れない程度にやってるんだけど、昔は銀狐が聞いたら怒っちゃいそうなこともやっていた。どんなことかはひみつ。(笑)

 沙綾ちゃんは、西さんの幼なじみでよき相棒。喧嘩はしない。ただ、すごーく付き合いがいいので、時々西さんの指定する場所に立たされたり(笑)、西さんに銃を持たされたりするだけ(笑)である。お茶会一のお料理上手。お茶菓子作り担当。

 しかし、裕紀も浩己も女の子にはからきしよねえ。

 でも、どうする、銀狐。西さんは君たちのお姫様を狙っているぞっ。しかも容赦しないらしいぞっ。わくわく。

 お茶会メンバーもぼちぼち代替わりしないとネタが尽きちゃうんで、ぼちぼち、後輩連中を入れていきますね。

 羅牙さんたち最強メンバーが卒業した後、天下を取るのは果たして誰かっ?ちなみに一賀ちゃんの後のお茶会同好会会長は、竜ちゃんで、その後は西さんになります。(笑)乞う、御期待。

 ぢゃ。みなさんまた会いましょう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ