高圧洗浄機でどうにかします!
あのゲームが大好きなのです。
「最近の傾向として、日本の皆さまには転移特典を差し上げておりますの」
「はぁ」
「特に日本からいらした皆さまって、異世界転移に協力的でしょう?わたくしども神の悩みも真剣に聞いてくださいますし、異世界のバランス調整にも積極的に挑戦してくださって」
「はぁ」
「おかげさまでね、生活レベルや幸福度が向上した管理世界が増えてきて、わたくしども神も胸を撫で下ろしておりますのよ」
「はぁ」
「ひと昔前なら転移者には横暴に振る舞っていた一部の神たちも、活躍された転移者の皆さまのご意見を元に、上から静粛されましてね。今では天界も顧客である転移者の皆さまの満足度で評価される時代ですの」
「はぁ」
「誤解しないでいただきたいのは、皆さまがたのイメージに合わせて『神』と自称しておりますけれど、わたくしどもも皆さまとは違う角度から世界にアプローチする役割を担っているだけで、わたくしどもにも立場に見合った責任と目標がございますのよ?」
「はぁ」
「最近では顧客満足度が重点課題でしてね。この満足という指標にもいろいろご意見が集まっておりますの。直近では、日本の皆さまから『異世界転移を知ったとき、神にもっとも期待していること』のアンケートの集計結果では、大半がチートスキル?という特典期待なのです。したがいまして、今回あなたは転移に際し、チートスキル?をひとつお付けいたしますわ!」
「はぁ。……なんか、いろいろ気を遣ってくださってるんですね。ありがとうございます」
「まぁ……!そのようなお言葉はとても励みになりますわ!そんなあなたへ特別に……!スキル成長もお付けいたしましょう!あなたの経験や具体的なイメージがスキルに影響し、より進化していくのです!」
「はぁ」
「あなたへのチートスキル……それはあなたが最期に強く願った、これです!」
『せめてあのゲーム遊び尽くしてから死にたかった……。高圧洗浄機……!』
「やっぱり神様的な存在の考える『顧客満足』って、なんかズレてるんだよな……」
私は手に握られたレーザーガンのような形状の高圧洗浄機を見下ろしながら呟いた。
これは現実的な高圧洗浄機ではなく、事故で死ぬ直前まで私がドハマりしてたゲーム内のアイテムだ。ハマりまくった。なんなら、事故に巻き込まれた原因もゲームで寝不足でぼんやりしていたからだった。
高圧洗浄機で、デロデロに汚れた乗り物や建造物を、ぴっかぴかになるまで徹底的にお掃除するゲーム。
これが最高にキモチイイ。
ゲーム内の高圧洗浄機は現実のものと違い、水道もタンクもいらない。
SF漫画のレーザーガンのようにコンパクトで軽く振り回せて、コードやホースは繋がっていないにも関わらず、トリガーを引くだけで、どこからともなく無限に大量の水を発射し続けられる。
ノズルの先端はアタッチメントになっていて、頭で切り替えようと思うだけでカチカチとスイッチされ、アタッチメント毎に水圧の強度と発射口の形状とノズルそのものの長さを変更できる。
更にファンタジーなのは、発射された水はなぜか電化製品に全く影響を与えず汚れだけを落とし、布は表面だけでなく洗濯したかのように目地からきっちりと汚れを掻き出すことだ。
洗浄後は役目を終えた水がすぐに蒸発し、掻き出された汚れもどこかへ霧散し、足元もびしゃびしゃにならない。
最初から新品だったかのように。
そう、神様がくれたチートスキルは、私が好きだったゲームの高圧洗浄機だった。
いろいろと試してみたけど、概ねゲームと同じことは全部できた。
思い浮かべるとパッと手の中に現れ、仕舞おうと思うとパッと消える。
とても便利。これぞチート。
……それにしても、神様達までカスタマーエクスペリエンスだカスタマーサクセスだ言ってるとは思わなかった。
さらにいえば、あの勿体ぶった口調で有難い特典をくれる感じ、知ってるぞ。特別!とか言ってたけど、多分神様も特典枠みたいなの持ってて、私ら異世界転移者の反応にあわせて付与レベル変えてるんだろうな。家電量販店とか車のディーラーが客を見て割引額を提示してくる感じ。結果的にクレーマーの方が美味しい思いをする、あの理不尽で不平等な隠れサービス。
まぁ、一方的に都合を押し付けられるより、多少なりともこちらの顔色伺ってくれるのは有難い。
異世界転移で降り立ったのは深い森の中だったが、幸い高圧洗浄機のお陰で水には困らなかった。
結構な勢いが出せるので木の上の果実を弾き落とし固そうな殻を割ることも出来た。外側はココナッツの見た目だけど、内側の果肉はザクザクした繊維質のスナックパイナップルみたいで、さっぱりした甘さで食感も良く美味しい。
ガワも固くて持ち歩きに便利なので、ちょっと重いけど常に何個か持ってきている。
一度だけ、その木の実を狙った猪のような獣に襲われかけたが、強水圧ノズルで威嚇すると慌てて逃げて行った。
あのときは最強水圧で近くの木を撃ったけど、予想以上の強さで幹がバキバキ折れたのでさすがに私もビックリした。
多分ゲームの高圧洗浄機より出力幅がある。弱水圧でちょうど口腔洗浄器レベル。最強水圧は消防ポンプくらい?ホースがないので水圧で振り回されることはないが。
……出力口を絞れば、もしかしたらウォーターカッターレベルまでいけるかな?
それにしても、ここは陰鬱な雰囲気のない、植栽豊かな森だ。
両親が亡くなってから家も人手に渡ってしまったが、私は生まれ育ちは田舎の里山なのでとても落ち着く。帰る実家が失くなった寂しさから、ソロキャンも嗜み程度に齧ってるので便利道具がない原始的な火おこしも試したことがあり、今のところ野良生活に不自由していない。
それに、高圧洗浄機ゲームの主人公がそうだったように、私もわずかな足場さえあればピョンピョンと身軽に高いところに上がれるし、どんなに高いところから跳び降りても何の抵抗もなくスタッと着地できた。
おそらく、高圧洗浄機と一緒に身に付けているこのゴムっぽい長靴つき作業着の効果と思われる。……ただ、これを着ているうちは空腹も感じないしトイレも必要ないので、ちょっとだけ怖くてたまに脱いでいるけど。
一方的に喋る自称神に送り出されて3日経つが、まだ森から抜けられずにいた。
川を見つけたので流れに沿って下流へ向かうと、少し開けた河原の向こうの森から何本かの煙が立ち上ってるのが見えた。
「火事?」
森で火事なんて危ない。ここに来てからずっと晴れてるし、乾燥してるかもしれない。
私は警戒しながら、煙の方向へ足を向けた。
燃えていたのは、一匹の怪獣だった。
怪獣……というか、こういう形状はドラゴンと呼ぶのかな?巨大な、羽のある爬虫類。
爬虫類の癖に、なにやら思案顔で、自分の身体に火を吹き掛けている。
あまりにもびっくりして、私もさすがに立ち尽くした。
森の木々と同じくらいの背格好。カンガルーのようなバランスで二足と尻尾で立ち、脇腹やら背中やらを覗き込むように首を伸ばす、赤茶色のドラゴン。
気になるところに火炎放射のような炎を吹き付けては、更に身体を捻っている。
炎が口から吹き出す度に、前髪が焦げそうな熱風がきた。
『ぬ?何者だ』
「うわ喋った」
異世界だからドラゴンは喋るものなのだろう。ちなみに渋いオッサン声である。
『無礼者め!』
「すんません」
目を閉じると、パワハラで地方に飛ばされた元上司を思い出す。ああ、初手が威圧的なオッサンめんどくさ。
「火事かと思って、心配して様子見にきたんですよう」
『火事?……あぁ』
「なんで自分を炙ってるんです?」
『苔を払っている』
「苔?」
『久しぶりに目覚めたら、ウロを寝床にしていた大木がすっかり枯れ落ちて野晒しになっていたようでな。我が鱗に苔がむしておったのだ』
「なるほど」
屋内で寝てたはずが屋根が落ちて、外になっちゃったと。
「私、掃除しましょうか」
『掃除?』
「掃除っていうか、洗浄?私、汚れだけ吹き飛ばすスキルがあるので」
『ほう』
所詮、ちみっちょい人間ごとき何の脅威でもないからだろう。ドラゴンは当然のように警戒もなく『ではやってみよ』と鼻息を吹いた。
表面にたまった、埃や泥や苔を根こそぎお掃除。高圧洗浄機の本来業務だ。
私はカチカチとノズルアタッチメントを幅広の水流モードにして、高圧洗浄機のトリガーを引いた。
バシュッと水が出て、ドラゴンの鱗をそこそこの水圧でゆっくりなぞっていく。水が通ったあとは、赤みが際立つほどに艶ピカになった。
『おお……おぉお……これは……』
オホォとかウヌゥとか湯槽に浸かったおじさんのような呻き声をあげるドラゴン。身動ぎしようとするので「いったん全体やっちゃうので動かないでくださいね。いま見えてるところ終わったら細かい部分やるので」と声をかけた。
しかし、目を閉じてうっとり呻いているおじさ……ドラゴンは聞いてるのか怪しい。
まぁ、私も今最高に心地いいので気持ちはわかる。
やっぱり、高圧洗浄機って最っ高。
シャーーーーという爽快な弾ける水の音。
ノズルの手前でプチプチと躍動感ある泡を感じるピストルガンのグリップ。
着水したそばから汚れがどこかに弾けとんでピカピカに輝きを取り戻す鱗。
気持ちいい……満たされる、この充足感。
リアルなら水道料金怖すぎるけど、この不思議高圧洗浄機なら水も使いたい放題。後にも水は溜まらないから後始末も考えなくていい。
森の中では艶のある表面の素材がなくて、「明らかに綺麗!」という比較が地味だった。そう。ガラスとか金属とか陶器のような、こういう艶やかに磨いた感じが欲しかった。
集中し過ぎて、途中ドラゴンを踏みつけながら頭の方に登ったりしながら掃除したけど、ドラゴンさんもうっとりしてて気付いていなかったようだ。
お腹のあたりの、爬虫類っぽいぷにぷにした皺部分だけは「腕上げてください」「脚伸ばしてください」と動いて貰った。
ドラゴンも目を閉じたまま、むふーむふーと鼻息を洩らしながらヨガのポーズとる要領で巨体を伸ばす。
スキルの一環なのか、全部が完全に輝きを取り戻すとパシュン!と音がしてキラキラなエフェクトが散り、完成を教えてくれる。
「終わりましたっ」
『うぬ』
ドラゴンがようやく目を開けた。
ドヤ!この深紅の艶ピカ感!鱗の一枚一枚が、顔が写るんじゃないかってくらいテッカテカですよ!お腹のほんのりクリーム色なワニ皮みたいな部分は、溝まで綺麗に掃除されてハイブランドの革製品のようなしっとりトゥルトゥルとした輝き。
そして拘りは爪!黒い鉤爪は白く浮いてた古い層がツルリと剥けて、ヒビひとつない黒曜石のような光沢に。丸みに沿った照りは職人業の加工品のようだ。
『素晴らしい……』
でしょ?!
私は胸を張る。
『そなた……………………いや、顔を見せい』
「あ」
ゲームと同じくフル装備なので、私は防護服のようなフルフェイスマスクを被っている。というか、あまりに快適装備過ぎて、フルフェイスマスクをしているのを忘れていた。
私はマスクを外す。……うーん、マスクしてた方が涼しくて快適なのが不思議。
『うむ。若いヒト族であったか。不思議な技を使うゆえ、アヤカシの類いかと思ったが』
「ヒトです。アヤカシって妖怪ですか?」
『ヨウカイとは知らぬ言葉だな。アヤカシと呼ばれる者たちは、強い魔素に晒され続けたことにより、元の種族から逸脱した進化をした存在だ。我らドラゴンのように進化の先として一定の姿かたちに落ち着いたものもいれば、不安定な存在となり生き物とは呼べなくなるものもいる』
「じゃあやっぱり、私はヒトです」
『そなたの技は水魔法か?』
「え?……高圧洗浄機です。魔法じゃなくて……えー、お掃除スキルです」
『ぬぅ……』
細かい表情まではわからないが、爬虫類にしては表情筋豊かなドラゴンは「腑に落ちんなぁ」という顔をしたようだ。
「ドラゴンさんは、長生きで物知りな類いのかたですか?」
『うぬ、ヒト属の数えでどの程度かは知らんが、そなたが老いて死すまでも、我にはほんの僅かな時間と感じるだろう』
「あ、じゃーいいかな。私、ついこのまえ神様的な何かから、この世界へペイっと放り込まれたんです。なので、この世界のことまじで何も知りません。なんなら、この世界で、ドラゴンさんが第一村人です」
『ダイイ?なんじゃ?』
「すみません、元の世界の表現で、初めて遭遇した現地のかたって意味です」
『……うむ。カミサマというのも何かは知らんが、そなたは迷い子ということだな』
「そうなんです。特に何かしろとは言われていないので、適当に現地に馴染んで生きていければいいなぁと思ってるんですけど、ここの近くに人間の住んでる集落とかありますか?」
『この森は魔素が凝りやすいがゆえにアヤカシが生まれやすい土地でな。まともなヒト属は避けている。ヒト属が中心となる国はいくつかあるが、いずれもヒトの足では遠いぞ』
「あー」
『どれ、我を磨いた謝礼として、ヒト属の国へ届けてやろうかの。たしか我が寝る前の頃に一番でかい顔をしていた戦好きな国が北にあったな』
「戦?!いや勘弁してください、私は平和主義なんで」
というか、ドラゴンに苔が生える程の時間が経っていて、このドラゴン情報の正確性はどの程度なのだろう。もっと人間に興味持ってそうでコミュニケーション可能な生き物を紹介してもらった方が安全かも知れない。
「ドラゴンさんの知り合いで、最近の人間事情に通じてそうなかたいませんか?できれば喋れる感じの」
『それであれば、ミミ属の集落へ行くか。やつらは世界中どこにでもいる。……ただ、やつらの言語が人間に通じるかは知らんが』
「ミミ……」
耳かな?
『人間よりは耳が尖っていて長寿だ』
エルフ??!!
『そして肌が緑色だ』
「…………………それはゴブリンでは」
『人間とはいつも敵対しておるので、人間にも詳しかろう』
「友好的な相手でお願いします!!」
『ふむ……』
ドラゴンさんはぐるぐると喉を鳴らすように唸って、しばらく考えこんだ。
『……では、寝起きの散歩ついでに、我がそなたを適当に方々へ連れ回してやろう。気に入った土地があればそこに住まうが良い』
「え、それは助かります!」
『その代わり、たまにその水魔法で我の鱗を磨くのだ』
「任せてくださいっ」
タクシーGETだぜ!
物知りみたいだし、とても助かる。ちょっと面倒くさそうなオッサンだけど、ヨイショが効きそうなので慣れればどうってことないだろう。
いろんなところで、いろんなものを高圧洗浄機でピカピカにしたい。
綺麗な水使いたい放題って、日本人としては本当にありがたいスキルだよね。
このスキルがあれば、もしこの世界の人間社会と馴染めなくても、森の中で元気に生きていける気がするもん。
私は手の中のピストルガンを見下ろし、これからのことを考えて「よしやるぞ」と呟いた。
時代錯誤ドラゴンおじさんと無敵の高圧洗浄機スキル転移者の、ドタバタ珍道中が始まるやつ。




