第九十一話 重なった百年
【同一期間の履歴が重複しています】
その表示を。
レインは紙へ書き写した。
「複写された記録では?」
学院長が尋ねる。
「同じ本が二冊あるような。」
「確認します。」
クロニクルへ問いかける。
「内容が同じ記録か。」
【一致しません】
「違う。」
「同じ百年なのに?」
トーマが身を乗り出す。
【開始基準:世界暦0年】
【終了記録:百年目】
【履歴差分:あり】
始まりと終わりは同じ。
途中が違う。
「歴史書の書き間違いなら。」
セレスが言う。
「出来事の順番が違うことはあります。」
「でも、これは歴史書じゃない。」
クロニクルが保持している履歴。
書いた者の勘違いだけでは説明できない。
◇
「差分を一件だけ表示。」
【閲覧可能範囲を検索】
【人物情報:制限】
【地点情報:一部参照可能】
浮かんだのは。
学院の北門だった。
【履歴A:防護破損】
【履歴B:防護維持】
【発生時点:百年目以前】
「ほかの差分は?」
【現在権限での連続表示は推奨されません】
「一度に開くな、ということか。」
「負荷があるのかもしれません。」
セレスがレインの顔色を見る。
まだ何も接続していない。
文字を読んだだけだ。
それでも。
重なった履歴を意識すると、頭の奥に小さな痛みがあった。
「学院の門が壊れた記録と。」
「壊れなかった記録?」
レインが読み上げると。
ガレスは窓の外を見た。
「昨日の門ではないのか。」
「時点が分かりません。」
現在の出来事を。
クロニクルが二通りに記録した可能性もある。
昔、似たことが起きた可能性も。
残っている。
「北門を見に行く。」
ガレスが立ち上がった。
「本の中だけで考えるな。」
◇
北門の内側。
昨日、白い筋が残った場所には。
まだ石が置かれていた。
草の色は戻っていない。
広がってもいない。
「防護の記録を確認します。」
職員が石柱の点検板を開く。
「昨日は破損なし。出力の低下もありません。」
「過去に壊れたことは?」
「補修記録を調べます。」
古い札束が取り出された。
今年。
前年。
さらに前。
大きな破損は記録されていない。
「なら、履歴Bが今の学院?」
トーマが言う。
「それも決められません。」
セレスが白い筋を見る。
「履歴Aが、まだ起きていない可能性もあります。」
◇
その時。
防護の石柱が低く鳴った。
青白い線が。
門から地面へ流れる。
白い爪痕の手前で止まった。
「下がれ!」
ガレスの声。
全員が距離を取る。
白い筋が一度だけ明滅した。
防護の光が消える。
門の外から風が吹き込んだ。
「防護停止!」
職員が石柱へ手を伸ばす。
「触るな!」
レインは叫んだ。
【魔力経路の迂回を推奨】
見えた警告を。
すぐ声に出す。
「白い筋を通さず、別の石柱から!」
職員が隣の石柱へ走った。
別の魔法陣へ触れる。
門の上から。
青白い光が降りた。
外では。
森を見張っていた職員が剣を抜いている。
防護が戻らなければ。
昨日の群れでなくても、魔物が入り込む可能性がある。
トーマも門の隙間へ風を集めた。
セレスは白い筋から距離を取り、水の帯を構える。
数秒だけの停止でも。
戦う準備が必要な時間だった。
防護が戻る。
今度は。
白い爪痕を避けるように線が曲がっていた。
◇
「履歴A。」
トーマが息を吐く。
「今、門が壊れる方になりかけたのか?」
「防護は止まっただけです。」
「破損とは違う。」
レインは表示を確認する。
【現在履歴との照合:不成立】
今の出来事は。
二つの履歴のどちらとも確定しない。
「未来の予測じゃない。」
「では、何なんでしょう。」
同じ始まりから。
門が壊れた百年と。
壊れなかった百年。
どちらも記録として残っている。
時間が一つしかないのなら。
同時には存在できないはずだった。
しかも。
一つは記録の中だけではなく。
白い爪痕を通して、今の学院へ触れかけている。




