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∞クロニクル・アルディア∞ ~101年目の未来~  作者: 空乃真芽
第五章 失われた名前編

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第七十八話 測れない名前

 王都記録院で見た。


 切り取られた署名の写し。


 レインは紙の端へ定規を当てた。


「ここから、ここまで。」


 空白の幅は分かる。


 だが。


「待ってください。」


 セレスが別の紙を重ねた。


「これは報告者の署名です。」


 百年前の勇者の名前ではない。


 自分たちが分けたはずの空白だった。


「そうだった。」


 レインは定規を置く。


 名前を探すことに集中して。


 また、別の欠損を重ねかけた。


「測っても。」


 ガレスが言う。


「分かるのは、報告者の署名の長さだけだ。」


「蓮の家名には使えない。」


「悪い。」


「気づけたならいいです。」


 セレスは空白の紙へ線を引いた。


『調査対象から除外。』


     ◇


「でも。」


 トーマが切り口の写しを見る。


「名前が消された方法は比べられないか?」


「方法?」


「報告者の署名は切られた。」


「受領した人の名前は削られた。」


「蓮の家名は、音が欠けてる。」


 消えた名前は複数。


 消え方も複数。


 同じ人物の名前ではなくても。


 同じ時期に。


 同じ出来事の周りで起きている。


「比べるなら、長さじゃない。」


 レインは三つの欄を作った。


『紙の切除。』


『文字の削除。』


『音声の欠損。』


「起きた時期と。」


「誰の記録に起きたか。」


 司書が続ける。


「残っている部分も必要です。」


 消えた場所だけを見ても。


 消した理由は分からない。


「誰かが意図して消した、とも限らない。」


 学院長が言う。


「紙は人の手で切られています。」


「ですが、音声の参照喪失まで同じ者が行った証拠はない。」


「名前に関わると、別々の記録で異常が起きる。」


 トーマが三つの欄を見る。


「そこまでは同じだろ?」


「うん。」


 レインは共通点を別の紙へ移した。


『百年前の人物に関わる記録。』


『複数の名前が欠けている。』


『欠損方法は一致しない。』


 同じ原因だと決めず。


 関係がないとも決めない。


     ◇


 三つ目の音声を流す。


『――ざき、蓮。』


 欠けているのは。


 家名の前半らしい音。


 それ以外の声は残っている。


「紙とは違う。」


 学院長が言う。


「音声魔石そのものは壊れていません。」


「はい。」


 司書が魔石を光へ透かす。


「記録の一部だけが読み出せない状態です。」


「クロニクルでは?」


 レインが尋ねる。


【欠損状態を確認】


【媒体損傷:なし】


【名称参照:部分喪失】


 紙を破ったような。


 物理的な欠損ではない。


 名前に当たる部分だけが。


 記録からつながらなくなっている。


「黒い本の蓮は残っていた。」


 トーマが言う。


「どうして、そっちは消えなかった?」


「分かりません。」


 同じ名前でも。


 残る形が違えば。


 消え方も違うのかもしれない。


 だが。


 それも推測だった。


     ◇


 測れなかった名前の長さを。


 レインは諦める。


 代わりに。


 音声の前後を書き出した。


『記録しておく。』


『俺の名前は――ざき、蓮。』


「誰に向けた記録でしょう。」


 セレスが尋ねる。


「分からない。」


「でも、自分から名乗ろうとしてる。」


 北方では。


『名乗る名がない』と答えた。


 この音声では。


 自分の名前を残そうとしている。


「順番は?」


 ガレスが言う。


 三件目の音声が。


 北方より前か、後か。


 作成時期は表示されていない。


「声の違いから、時期は分かりませんか?」


 セレスが尋ねる。


 司書が二つの声を並べる。


 名乗ろうとした声は落ち着いている。


 北方の声は。


 息が浅く、傷の痛みが混じっていた。


「負傷の有無は推測できます。」


「ですが、どちらが先かは分かりません。」


「傷が治った後の声かもしれないから?」


「はい。」


 声の弱さも。


 時間の印にはならなかった。


「分かりません。」


 レインは新しい欄へ書く。


『名前を名乗ろうとした記録。』


『名乗る名がないと答えた記録。』


『前後関係は未確定。』


 名前の長さは測れなかった。


 けれど。


 名前が失われる途中に。


 少なくとも二つの状態があった。


 一つは。


 まだ、名乗ろうとした声。


 もう一つは。


 名乗ることをやめた声だった。


 その間に何があったのか。


 今はまだ。


 名前より大きな空白として残っていた。


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