第五十五話 北への道
門が開く前に。
レインは集合場所へ着いた。
「早いな。」
ガレスが言った。
「起きられました。」
「見れば分かる。」
少し遅れて、セレスが来る。
最後はトーマだった。
走ってはいない。
だが。
息が少し乱れている。
「間に合った。」
「起きられないの、俺じゃなかったね。」
「荷物の紐が切れたんだ。」
「昨日、持てるって言ってたのに。」
「持てる。」
「紐が持てなかっただけだ。」
ガレスがトーマの荷物を見た。
「結び直せ。」
「歩きながらほどければ、置いていく。」
「俺をですか?」
「荷物をだ。」
「一瞬、本気かと思いました。」
「急げ。」
◇
学院の門が開く。
四人は北へ向かった。
王都へ続く南の道とは違う。
北の街道は、学院を出てすぐに森の近くを通る。
朝の光が、木々の間へ細く差し込んでいた。
道には、荷車の跡が残っている。
人も使っている道だ。
今のところ。
魔物の気配はない。
街道の端には、春の草花が揺れている。
北へ行くほど寒くなると聞いていたが。
まだ、学院の周囲と変わらない。
「雪はないな。」
トーマが空を見上げる。
「当たり前でしょう。」
セレスが答える。
「夢では降っていたので。」
「同じ場所でも、同じ季節とは限りません。」
夢が百年前のものだとも。
北方のものだとも。
まだ決まっていない。
セレスはそう言ってから、帳面へ天候を書き込んだ。
晴れ。
風は弱い。
雪はない。
「雪がない、も書くの?」
「夢と違うことも記録です。」
「なるほど。」
トーマも帳面を開く。
少し考えて。
『荷物が重い。』
と書いた。
「それは必要ですか?」
「俺には重要。」
「記録では。」
セレスが歩きながら帳面を開く。
「黒衣の負傷者は、橋を通ったあと北へ向かっています。」
「今いる道とは違うよな。」
トーマが尋ねる。
「途中で道を変えたはずです。」
王都へ向かう街道から。
北への道へ。
その分かれ目は、古い記録に残っていない。
「まずは、現在の街道を進む。」
ガレスが言った。
「無理に百年前の道へ入るな。」
「残っていない道を探して、森で迷えば終わりだ。」
レインは頷く。
視界に青い文字はない。
クロニクルも、まだ反応していなかった。
◇
昼前。
道の脇に、傾いた石が見えた。
人の背丈ほどある。
表面の文字は、雨と風で削れている。
「道標でしょうか。」
セレスが足を止める。
「古いものだな。」
ガレスが周囲を確認してから近づいた。
石の下半分は、土と草に埋もれている。
かろうじて残る矢印は。
今の街道ではなく、森の奥を指していた。
「百年前の道?」
「まだ決めるな。」
ガレスが石の裏を見る。
「同じ形の道標が、先にもあるか確認する。」
その時。
――コン。
【地点履歴の断片を検出】
【照合中】
「反応しました。」
レインは表示を、そのまま読み上げる。
【履歴の欠損を確認】
【近接する記録地点を検索します】
【検索範囲が不足しています】
表示が薄くなる。
「それだけです。」
「森へ入れとは?」
「言ってません。」
「なら、入らん。」
トーマが森の奥を見る。
「でも、近いんだよな。」
「近いことと、安全なことは別です。」
セレスが言った。
四人は道標の位置を地図へ記した。
石の向き。
削れた文字。
クロニクルの表示。
見たことだけを、先に残す。
レインは石の形も簡単に描いた。
絵は得意ではない。
「曲がってるな。」
トーマが覗き込む。
「石が曲がってるんだよ。」
「矢印まで?」
「削れてたから。」
セレスが自分の帳面を見せる。
同じ石が、レインより少し正確に描かれていた。
「あとで写してもいい?」
「見たものが同じか、先に確かめてからです。」
三人が同じ場所にいても。
見ている細部は違う。
司書が一人一冊を渡した理由が、少し分かった。
◇
さらに北へ進むと。
もう一つ、同じ形の石があった。
今度は街道のすぐ横ではない。
木々の間。
最初の道標が示した方向に立っている。
「続いてる。」
レインが言った。
草の下をよく見ると。
地面がわずかに平らだった。
道だった跡。
今は使われていない、細い道。
ガレスは周囲の枝と土を確認する。
「大型の魔物が通った跡はない。」
「日が高いうちだけ進む。」
「危険を感じたら、すぐ街道へ戻る。」
三人が頷いた。
古い道へ、一歩入る。
森の音が近くなる。
鳥の声。
葉の揺れる音。
足元の枯れ枝が折れる音。
――コン。
【地点履歴との接続を確認】
【一致率:低】
【移動により再照合します】
低い。
まだ、この道だとは決まっていない。
それでも。
何もなかった表示が、初めてつながった。
「進めば、分かるかもしれません。」
「分からないままなら戻る。」
ガレスが先を歩く。
レインは、その後ろへ続いた。
百年前。
傷を負った誰かが歩いたかもしれない道。
残っているのは。
傾いた石と。
草に埋もれた足元だけだった。




