第四十九話 帰る道
翌朝。
四人は王都の門を出た。
来た時と同じ街道。
同じ石柱のある橋。
けれど。
レインには、景色が少し違って見えた。
百年前。
黒い外套をまとった誰かも、ここを通った。
左脇腹に深い傷を負い。
白銀の剣を持って。
王都へ戻らず、北へ向かった。
「また見てるな。」
トーマが石柱を見上げる。
「何か出たのか?」
「今は何も。」
「じゃあ、昨日のこと考えてた?」
「うん。」
隠す必要はなかった。
三人とも、同じ記録を見ている。
セレスが抱えていた紙を開いた。
記録院で書き取った内容を、順番に並べたものだった。
「もう一度、確認しましょう。」
街道の報告。
救護所の記録。
魔王が現れたという二つの写し。
「最初は、黒衣の負傷者です。」
「白銀の剣を持ち、北へ向かった。」
トーマが続ける。
「治療を断って、名乗る名がないって答えた。」
「そのあと。」
レインは次の紙を見る。
「同じ特徴の人が、北方で魔王と記録された。」
黒衣。
白銀の剣。
左脇腹の傷。
移動した方向。
クロニクルは、同一人物である可能性が高いと示した。
「でも。」
セレスが言う。
「黒衣の人が、勇者本人だった証拠はありません。」
「勇者の剣を持っていただけかもしれない。」
「分かってる。」
トーマは答えた。
その声は、いつもより静かだった。
「分かってるけど。」
「別人だって考える方が、難しくないか?」
誰もすぐには答えなかった。
可能性が高い。
それは、答えではない。
けれど。
何も知らなかった時には戻れないほど、強い言葉だった。
◇
橋の中央で、ガレスが足を止めた。
「ここから学院までに、整理しておけ。」
「何をですか?」
「分かったことと、推測だ。」
レインは首を傾げた。
「同じじゃないんですか?」
「違う。」
ガレスは即答した。
「記録にある事実。」
「クロニクルの判定。」
「お前たちが考えたこと。」
「混ぜて話せば、間違った結論を事実に変える。」
記録院でも。
ガレスは何度も、まだ決めるなと言った。
「じゃあ。」
レインは指を折る。
「黒衣の負傷者が北へ向かったのは、記録にある事実。」
「同じ特徴の人物が魔王と記録されたことも。」
「そうだ。」
「二人が同じ人物である可能性が高いのは、クロニクルの判定。」
「ああ。」
「勇者が魔王になったかもしれない、は。」
「推測だ。」
短い答えだった。
レインは紙へ書き加える。
『確定していない。』
その一文を、二重に囲んだ。
「理由も分かってません。」
セレスが言った。
「なぜ北へ向かったのか。」
「なぜ魔王と呼ばれたのか。」
「本当に役割が変わったのか。」
「名前も。」
レインは付け加えた。
紙の端へ、残っている疑問を書いていく。
黒衣の人物は誰か。
勇者との関係。
魔王との関係。
役割変更の理由。
失われた名前。
そして。
完全記録がある北方。
「増えたな。」
トーマが紙を覗き込む。
「答えを探しに行ったのに。」
「一つ分かるたびに、二つ増える。」
「じゃあ全部分かる頃には、何個になるんだ?」
「数えたくない。」
レインが答えると、セレスが小さく笑った。
張り詰めていたものが、少しだけ緩む。
◇
昼を過ぎた頃。
学院の時計塔が見えた。
白い壁。
春の木々。
見慣れた校舎。
「帰ってきた。」
トーマが大きく息を吐く。
「王都より、こっちの方が落ち着くな。」
「お前は記録院で何度注意された。」
「二回くらいです。」
「五回だ。」
「数えてたんですか?」
ガレスは答えなかった。
学院の門をくぐる。
その瞬間。
――コン。
【地点情報を更新しました】
【王都記録院:調査終了】
【次の記録地点:北方】
「北方。」
レインが呟く。
「次の場所は、変わっていません。」
ガレスが学院長室のある建物を見る。
「なら、まず報告だ。」
「北へ行く話は、そのあとにする。」
北方。
次に進む場所は分かっている。
けれど。
行きたいと願うだけでは、進めない。
レインは手元の紙を握り直した。
今度は、一人で決めない。
そう決めて。




