第三十六話 北へ向かった者
翌日の放課後。
レインたちは、再び調査室へ集まっていた。
机の上には、昨日見つけた街道確認報告。
その隣に、
新しい紙束が置かれている。
「もう許可が出たんですか?」
レインが尋ねると、
学院長は小さく笑った。
「王都へ出向く許可は、まだです。」
「では、これは?」
「学院へ預けられていた古い写しです。」
司書が答えた。
「街道沿いの救護所が残した記録。」
「昨日の報告と同じ時期のものです。」
「そんなものがあったなら、昨日出してくださいよ。」
トーマが言う。
「今朝まで、別の箱に入っていました。」
「題名のない資料は、分類が難しいのです。」
「本が多すぎるんだよ、この図書館。」
「それは褒め言葉として受け取ります。」
司書は穏やかに笑った。
◇
救護所の記録には、
運び込まれた負傷者の状態が書かれていた。
切り傷。
火傷。
魔力の枯渇。
治療に使った薬。
出発した日。
ほとんどの頁には名前がある。
だが、
一か所だけ。
『氏名不明。』
そう記された欄があった。
「これ。」
セレスが最初に気付いた。
『黒い外套。』
『左脇腹に深い傷。』
『治療を拒み、最低限の止血のみ。』
レインの手が止まる。
記憶の中で見た男。
黒い布の隙間から、
血が雪へ落ちていた。
「同じ傷か?」
ガレスが尋ねる。
「夢では、場所まで見えませんでした。」
「外套の隙間から血が落ちていただけです。」
「なら、一致とは言えん。」
「はい。」
レインは記録へ視線を戻す。
その下には、
短いやり取りが書き残されていた。
『名を問う。』
『回答なし。』
『所属を問う。』
『回答なし。』
『王都への同行を勧める。』
『拒否。北へ向かうと告げる。』
「昨日の人と似てる。」
トーマが言った。
「黒い服。」
「怪我。」
「北へ向かった。」
「ですが。」
学院長が記録を確かめる。
「同じ人物だという証拠はありません。」
「街道報告の日付は欠けています。」
「救護所の方も、年だけしか残っていない。」
「同じ頃であることは確かでも。」
セレスが静かに続ける。
「同じ日とは限らないんですね。」
「そうです。」
また、断定はできない。
けれど。
同じ空白の中に、
似た人物が二度現れた。
◇
「何か持っていなかったのか?」
ガレスが頁をめくる。
「剣。」
次の欄で、指が止まった。
『長剣一振り。』
『刃に著しい損傷。』
『鞘に紋章あり。』
「紋章?」
レインが覗き込む。
文字の横に、
小さな図が描かれている。
円。
その中央を貫く一本の線。
左右へ広がる、翼のような形。
「見たことがあります。」
司書が立ち上がった。
部屋の棚から、古い伝承画を持ってくる。
初代魔王の城へ向かう勇者。
腰には一本の剣。
鞘へ刻まれているのは、
同じ形の紋章だった。
「勇者の剣。」
トーマの声が低くなる。
「この負傷者が持ってたのか?」
「似た紋章です。」
学院長は二つを見比べる。
「同じものかは、さらに確認が必要です。」
「でも。」
レインは言った。
「黒い外套の人が。」
「勇者と同じ紋章の剣を持って、北へ向かった。」
それが事実なら、
可能性は二つ。
勇者本人。
あるいは、
勇者の剣を持つ別人。
「魔王を倒した者から、剣を奪ったのかもしれん。」
ガレスが言う。
「勇者から託された可能性もあります。」
セレスが続ける。
「どちらもあり得る。」
答えは、まだ一つに決まらない。
◇
「クロニクル。」
【はい】
「この二つの記録を照合して。」
【街道確認報告】
【救護所記録】
【照合を開始します】
青い光が、
二枚の紙の上をなぞる。
【共通情報】
【黒衣】
【負傷】
【北方への移動】
【同一人物判定】
【情報不足】
「やっぱり、そこまでは分からない。」
レインが息を吐く。
だが、
表示は続いた。
【役割変更記録との関連性を確認】
【履歴照合:二件】
【追加条件を達成しました】
「条件を達成した。」
「記録が開くのか?」
トーマが身を乗り出す。
【役割変更記録】
【基本情報の閲覧条件:一部達成】
【音声記録との照合が必要です】
「音声。」
レインは机の端にある透明な魔石を見る。
百年前の勇者の声。
『俺は、この世界で。』
『勇者と、呼ばれている。』
「あの記録か。」
ガレスも同じ魔石を見た。
「たぶん。」
「ここで照合できますか?」
学院長の問いに、
クロニクルはすぐに答えなかった。
【対象音声の情報が不足しています】
【追加音声記録を検索してください】
「もう一つ必要みたいです。」
「どこにある。」
【禁書庫 第二区画】
全員の視線が、
図書館の奥へ向いた。
◇
「今日は入らない。」
ガレスが先に言った。
「まだ何も言ってません。」
「顔に書いてある。」
「明日、準備をしてからだ。」
「音声記録用の魔石も確認します。」
司書が頷く。
レインは反論せず、
もう一度、救護所の記録を見た。
名前を答えなかった負傷者。
勇者と同じ紋章の剣。
北へ続く足取り。
そして、
禁書庫で待つ、別の声。
黒い外套の男は、
勇者だったのか。
それとも。
勇者から何かを受け取った、別の誰かなのか。
答えは、
声の中に残されている。




