第十四話 模擬戦
翌朝。
学院の空は雲ひとつない快晴だった。
教室へ入ると、生徒たちがいつも以上に騒がしい。
「聞いた?」
「模擬戦、本当にやるらしい!」
「優勝賞品あるって!」
あちこちでそんな声が聞こえる。
「本当だったんだな。」
レインが席へ着くと、トーマが満面の笑みで振り向いた。
「だから言っただろ!」
「俺、絶対優勝する!」
「景品目当て?」
「もちろん!」
セレスが思わず笑う。
「食堂の特別食券でしたよね。」
「一週間使えるらしい!」
「夢が小さいな。」
「十分大きい!」
三人は笑い合った。
◇
一時間目が終わると、ガレスが教室へ入ってきた。
いつも通り無表情。
しかし今日は、その手に木剣を持っている。
「今日は予定を変更する。」
教室が静まる。
「来週行われる一年生模擬戦について説明する。」
一気に空気が変わった。
全員の目がガレスへ集まる。
「模擬戦は勝敗を競う。」
「だが、一番重要なのは勝つことではない。」
ガレスは木剣を教卓へ置いた。
「自分を知ることだ。」
「自分に何が足りないか。」
「何ができるのか。」
「それを知るための訓練だ。」
静かな声だった。
だが、その言葉には重みがあった。
「今日は実戦形式で行う。」
「怪我を恐れるな。」
「ただし、無理はするな。」
生徒たちは一斉に立ち上がる。
「はい!」
◇
訓練場。
春風が吹き抜ける中、生徒たちは木剣を手に整列していた。
「まずは自由に打ち合え。」
ガレスの合図で、あちこちから木剣の音が響き始める。
レインの相手は、もちろんトーマだった。
「今日は勝つ!」
トーマが笑う。
「この前は避けられてばっかりだったからな!」
「手加減しないよ。」
「望むところ!」
互いに木剣を構える。
「始め!」
トーマが真っ直ぐ踏み込んできた。
速い。
前よりも明らかに速くなっている。
レインは木剣を構える。
肩。
腰。
足。
自然と視線が動く。
身体が反応する。
カンッ!
初めて、真正面から受け止めた。
「おっ!」
トーマの目が輝く。
「避けないのか!」
「避けるだけじゃ勝てないから。」
レイン自身も驚いていた。
剣を受け止める瞬間。
身体が自然に力の逃がし方を知っていた。
どこで覚えたのか分からない。
それでも、違和感なく動ける。
「もう一本!」
トーマが笑う。
木剣を振り上げる。
その瞬間。
レインの頭へ、一瞬だけ白い雪原がよぎった。
そして、
黒い剣が、自分の木剣へ重なる。
「……!」
我に返る。
トーマの木剣は、もう目の前まで迫っていた。
咄嗟に身体をひねる。
木剣は肩をかすめるだけで終わった。
「危なっ!」
トーマが慌てて木剣を下ろす。
「大丈夫か?」
「……うん。」
レインは息を整える。
今のは何だった。
夢。
いや、記憶。
ほんの一瞬だけ、自分ではない誰かが剣を握っていた。
そんな感覚が胸へ残っていた。
少し離れた場所で、その様子を見ていたガレスは静かに腕を組む。
(まただ。)
(あの動きは……。)
偶然では説明できない。
しかし答えは見つからない。
ガレスは何も言わず、次の組へ視線を移した。
レインは木剣を握り直した。
先ほど頭をよぎった雪原の光景は、もう消えている。
「本当に大丈夫か?」
トーマが心配そうに尋ねた。
「ああ。」
レインは軽く息を吐く。
「続けよう。」
「よし!」
二人は再び間合いを取った。
今度はトーマからではない。
レインが一歩踏み込む。
「おっ?」
トーマは少し驚いた表情を浮かべる。
今まで自分から攻めることはほとんどなかった。
木剣を振る。
速くはない。
だが、無駄もない。
トーマが受け止める。
カンッ!
乾いた音が訓練場へ響いた。
「いいぞ!」
トーマが笑う。
「その方が面白い!」
再び打ち合う。
一撃。
二撃。
三撃。
木剣が交差するたび、レインの身体は少しずつ自然に動いていく。
考えているわけではない。
それでも、一手先が見えるような感覚があった。
「はっ!」
トーマが大きく踏み込む。
レインは受け流そうとする。
しかし。
ほんのわずかに判断が遅れた。
コツッ。
木剣が肩へ軽く当たる。
「一本!」
ガレスの声が響いた。
勝負は終わりだった。
◇
「負けたな。」
トーマが木剣を肩へ担ぎながら笑う。
「うん。」
レインも苦笑した。
「でも。」
「前より強くなってるぞ。」
「そうかな。」
「絶対そう。」
トーマは迷いなく言った。
「最初は避けるだけだった。」
「今日はちゃんと戦ってた。」
その言葉が少し嬉しかった。
勝てなかった。
それでも。
前へ進めた気がした。
◇
「全員集合。」
ガレスの声で一年生たちが整列する。
「今日の訓練は以上だ。」
「模擬戦まであと数日。」
「勝ち負けにこだわる必要はない。」
「だが。」
全員をゆっくり見回す。
「昨日の自分には負けるな。」
その言葉だけを残し、ガレスは木剣を下ろした。
静かな時間が流れる。
誰も口を開かなかった。
レインも木剣を見つめる。
昨日の自分。
今日の自分。
確かに少しだけ変わっている。
それは夢のせいなのか。
それとも、自分自身が成長しているだけなのか。
まだ答えは分からない。
◇
訓練が終わり、更衣室へ向かう途中だった。
「レイン。」
ガレスが再び呼び止める。
「はい。」
「一つだけ聞く。」
レインは立ち止まる。
「最近。」
「初めて見るはずなのに、懐かしいと感じることはないか。」
その問いに、レインは目を見開いた。
「……あります。」
少し迷った末、正直に答えた。
「夢の中の景色や。」
「時計塔。」
「剣も。」
「どこかで知っている気がするんです。」
ガレスは静かに頷く。
「そうか。」
それ以上は聞かなかった。
「今は焦るな。」
「答えを急ぐと、見えるものも見えなくなる。」
「はい。」
レインが頭を下げる。
ガレスは背を向け、そのまま歩き去った。
だが、その表情はどこか険しかった。
(偶然ではない。)
(だが……まだ話すべき時ではない。)
◇
夕暮れ。
三人は学院を出て帰り道を歩く。
「今日は惜しかったな。」
トーマが笑う。
「もう少しで俺の一本取れたのに。」
「次は負けない。」
レインは自然と笑っていた。
「おっ。」
「その言葉、忘れるなよ。」
セレスも二人のやり取りを見て、小さく微笑む。
「模擬戦、楽しみですね。」
春風が吹く。
時計塔の鐘が、夕暮れの街へ静かに響いた。
その音は今日だけ、不思議と心地よく聞こえた。




