第百九話 見えない合図
二回目の訓練で。
ガレスは鐘を三度鳴らした。
「警鐘ですか?」
「訓練の開始だ。」
一度なら。
異常の確認。
二度なら。
退路の確保。
三度なら。
すぐに離れる。
前日に決めた合図だった。
「鐘を鳴らせない状況ではどうする?」
リディアが尋ねる。
「口で伝える。」
トーマが答えた。
「声も届かなければ?」
「走る。」
「走れなければ?」
「先生、俺の答えを全部つぶす気ですか。」
リディアは笑わなかった。
◇
五人の視界を。
白い霧が覆う。
リディアの水で作られたものだ。
一歩先も見えない。
「けが人を探して、北側の門から戻れ。」
ガレスの声は。
それだけで消えた。
「北ってどっちだ?」
「そこからですか。」
セレスが呆れる。
レインは目を閉じた。
クロニクルに尋ねれば。
方向を示せるかもしれない。
「クロニクル。」
【周辺情報を検索】
【視覚情報不足】
【検索結果:特定不可】
「見えないと分からない。」
「俺たちと同じか。」
トーマの声が。
左から聞こえた。
◇
足元へ。
水が触れた。
一度。
少し間を置いて。
二度。
「セレス?」
「こちらです。」
声は出していない。
水の強さと回数で。
方向を伝えている。
レインは。
足元の水を踏んだ。
一度。
見えたという返事。
右側から。
盾を叩く音がした。
一度。
二度。
三度。
「けが人を見つけた。」
ロイドの合図。
ミリアが。
音の方へ走る。
その足音を追い。
トーマが風を地面へ流した。
霧の中で。
五人が一か所へ集まる。
◇
人形の重みを。
ロイドとレインが持つ。
ミリアが側で状態を見る。
トーマの風は。
霧を全部飛ばさない。
地面だけを撫で。
戻り道を教える。
先頭のセレスが。
水を一度鳴らす。
進め。
二度。
止まれ。
誰も。
大きな声を出さなかった。
霧の向こうに。
敵がいるつもりで動いた。
その途中。
ロイドの盾が一度だけ鳴った。
進めの合図とは違う。
重く。
低い音。
「止まって。」
ミリアが小声で言う。
人形の脚が。
地面の網へ引っかかっていた。
見えないまま進んでいれば。
五人全員が折り重なっていた。
セレスの水が。
網の位置をなぞる。
トーマの風が紐を浮かせ。
レインとロイドが。
けが人の脚を抜いた。
目が使えなくても。
五人の中には。
盾の音と。
水の触れ方と。
風の向きが残っていた。




