こんなテストで俺の何がわかるって言うんだ
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ジョサイア・ギルバート・ホランドによると、「順境は人格を試し、逆境は人格を完成させる」らしい。なるほど、確かに日常生活はその者の生きる力が試され、非日常はどう生きるかの決断を迫られる。言い得て妙だと思った。取るに足らない思考は、そのうち、鮨詰めの満員電車のアナウンスに掻き消される。
社会とは日々、人の資質を試す巨大な秤のようなもの。性格診断。星座占い。血液型相性診断。人は昔から、他人を“分類”するのが好きだった。
ふと顔を上げる。気怠げそうにスマホの画面を見つめる女の頭の上。現在の駅と、次の駅を知らせるモニターに、広告が流れていた。
『君の"魂"は、どんな力になる?』
目がチカチカするようなネオン色のエフェクトと、射幸心を煽るような極彩色のフォント。無音だというのに、これでもかと情報量を叩きつけてくる映像。社会現象にもなった、とあるゲームの宣伝だ。
《REVELATION ONLINE》 通称"リベオン"と呼ばれるフルダイブ型MMORPG。
そのゲームは、プレイヤーの人格、思想、嗜好。 そういった"内面"を、ゲーム内スキルとして出力する。あまりにも突飛なそのシステムは、リリース直後から爆発的に広まり、様々な論争を巻き起こした。
密閉された電車の扉が開き、重い足取りで人混みに流されていく。駅構内の大型ホロ広告には、《REVELATION ONLINE》のイベント告知。コンビニにはコラボ商品と思われるウエハースが並んでいる。
烏丸幸太郎という男は、このゲームが嫌いだった。正確には、これをよしとしている大多数の人間のことを、心底嫌悪していた。
『こいつのスキル弱くね?w』
『あー、それね。現実でもメンタル終わってるやつほど支配型出るらしい。ゲームの中でも陰キャって変わんないんだなw』
『あー納得w』
数秒前まで、楽しそうに笑っていた学生たちが、広告の前で携帯端末を片手に他人の人格をカードゲームみたいに品評していた。
それを聞きながら、男は広告から目を逸らした。舌打ちを押し殺すのも、限界だったからだ。
無言で帰路に着く。一人暮らしにしてはだだっ広いマンションの一室が、男の城であった。
玄関には1週間前に注文した荷物がダンボール箱となって置かれていた。それを手に取り、真っ暗な部屋の中を歩く。
寝室に到着した後、乱暴にダンボール箱を開き、厳重に梱包されたそれを取り出す。フルダイブ用のヘッドギア型デバイス。人間のありとあらゆる感覚を、電脳世界に接続するための装置。
「……」
数秒、それを見つめた。
白を基調とした流線型のヘッドギア。余計な装飾はなく、企業ロゴすら小さい。洗練されている、というより、人間へ馴染みすぎていて気味が悪かった。
ゲーム、医療、教育、リモートワーク。フルダイブ技術は、既に社会のインフラになっている。
《REVELATION ONLINE》もその中の1つのコンテンツに過ぎない。然し、このゲームはその分際で、人間の内側へ踏み込んでくる。
「……くだらない」
小さく吐き捨てる。だが、言葉とは裏腹に、ヘッドギアを持つ指先には微かな力が入っていた。
男は今日、勤め先である会社を辞めた。理由は、このゲームをやる為だ。幸いな事に、物欲のない男は、向こう10年は生活していけるだけの貯金があった。
以前の男なら、こんな暴挙に出ることはなかったであろう。単なる流行りものとして処理していたか、暇潰しにこのゲームの配信を流し見する程度であっただろう。
男は、このゲームを、自身の暗い目的の為に手に取り、そして今、その世界に足を踏み入れようとしている。
深い呼吸の後、ヘッドギアを装着する。電源を入れると同時に視界が暗転。
直後、脳へ直接触れるような静かな起動音が響いた。
《Neuro Link Start》
《接続ユーザーを確認》
《ようこそ、REVELATION ONLINEへ》
次の瞬間、男の視界は完全な暗闇へ沈んだ────
意識ははっきりとしていた。自分という輪郭だけが、曖昧な闇の中に残されている。
やがて、黒い空間へ、淡い白色のUIが静かに浮かび上がった。
《視覚同期:完了》
《聴覚同期:完了》
《神経接続安定率:99.7%》
《ダイブ状態:安定》
滑らかすぎる。まるで最初からここにいたみたいに、感覚が自然だった。違和感がない事そのものに、薄気味悪さを覚える。
《初回ログインを確認》
《ユーザー登録を開始します》
無機質な文字列。だが、
《現在、軽度の緊張状態を確認》
《深呼吸を推奨します》
その妙に人間臭い機械音に、男は僅かに眉を顰めた。
「……余計なお世話だ」
呟く。
《始めに、ユーザーネームの登録を行います》
《本名での登録は推奨されていません》
音声は淡々と手順を進める。目の前に仮想のキーボードが表示された。
名前。暫し逡巡する。なるほど、確かに自分の内面を露わにされるこのゲームでは、秘匿性はかなり重視されるのだろう。
「……カラスマで」
それを理解した上で、自身の名前と同じ文字列を打ち込む。目的の為に、現実世界の自分と乖離させることができなかった。
《ユーザーネーム、"カラスマ"》
《登録が完了しました》
《続いてアバターの設定に移ります》
《過度にプレイヤーの実世界での容姿と似通ったアバターは推奨されていません》
目の前にまた簡素なUIが表示される。体型から性別、声色まで、なりたい自分になれる項目が丁寧に用意されていた。男はリアルの姿を元データとしてスキャンし、髪色をやや明るい灰色に変えた後、そのままの容姿を登録する。
《アバター登録が完了しました》
《続いて、"ソウルスキル"の設定に移行します》
《ソウルスキルについての説明は以下の動画を参照してください》
「いよいよか……」
表示された動画を開き、内容を確認する。何やらごちゃごちゃと語っていたが、要するに、脳波だの深層心理だのを解析し、それをゲームシステムに落とし込む、《Re:TEC》社の特許技術によるものらしい。
肝心の"内容"についての説明は一切されなかったが、ゲーム内のヘルプページで確認ができるとか。不親切だとは思ったが、本質がそこにないだけなのだろう。
《スキャン開始──》
《なお、このスキャンで得られるデータはカラスマ様の個人情報は含まれません》
《また、快適なゲームプレイのため、脳波スキャンと合わせて性格診断を行います》
《表示される質問に、リラックスしてお答えください》
《質問への回答時間も解析対象となります》
「……は?」
思わず声を漏らした。俗に言う心理テストのようなものだろう。一昔前に流行ったアルファベット4文字の性格検査にも通じる。全くもって、不快な造りだ。
《質問:1 貴方は自分のことを善人だと考えますか?》
「……はぁ。NOだ」
《質問:2 貴方が自分以外の人間に最も求めるものは何ですか?》
「どういう意味だよ。……求めるもの……俺の生存を脅かさないこと……くらいか」
《質問:3 貴方は自身の人格形成には生まれ持った資質と、経験、どちらの方が重要だと考えますか?》
「……どちらも重要だ」
《質問:4 貴方は自らの行いによって現実を変えたいと思ったことがありますか?また、そう願い、行動したことがありますか?》
「………………」
《ユーザーの心拍数の上昇を確認》
《長時間の接続は心身に悪影響を及ぼす場合があります》
《定期的な休息を推奨します》
無意識の反応。それすらもデータとして観測されるその嫌悪感に、男は現実世界にある身体が強ばるのを感じた。
「………いい。ある。あるさ。くそったれ……」
《質問を続行してもよろしいですか?》
「……さっさと続けてくれ」
《質問:5 貴方は自身の正義と社会正義、どちらの方が優先されるべきと考えますか?》
「知らん。優先された時点でどちらも暴力と相違ないだろ」
《質問:6 貴方は社会から隔絶されたものが悪に規定されると考えますか?または、悪に規定されたものが社会から隔絶されると考えますか?》
「……前者だ。一体いつまでこんな問答を続ける気だ?」
《カラスマ様の快適なゲームプレイの為に質問への回答を推奨しています》
「……こんなテストで、俺の何がわかるって言うんだ」
《カラスマ様のソウルスキルの作成の為、質問への回答にご協力ください》
「……脳波スキャンには時間がかかるみたいだな。それとも、感情を揺さぶらないとスキャンができないのか?」
《その質問にはお答えできません》
《カラスマ様の個人情報に関しては徹底的な秘密保護の下──》
「いい。わかった。続けろ」
《質問:7 貴方は人間の本質について、それを規定するものを何と考えますか?》
《質問:8 貴方はもしも、前世の行いが今世の人生に影響を及ぼすという事実が発覚した場合、貴方のその後の生き方も変質すると思いますか?》
《質問:9 貴方が自分の人生に値段を付けるとしたらいくらになりますか?》
淡々と男は質問に答え続ける。間は静寂に、声はただの数値に成り下がる。それでも、男はここに居続ける理由があった。
「……性格が悪いな。これを作ったやつの頭の中が見てみたいところだ」
《質問:10》
機械音は告げる。男の回答はベルトコンベアに乗って運ばれるただの部品のように、ただ数的に処理される。その工程に、意味を見出すことはできない。
《最後の質問です》
「やっとか。もう二度と口を開かないでくれると助かるんだがな」
《カラスマ様》
「……あ?」
《貴方は、他者を害することで自分、または、自分の最も大切な人が救われる場合》
《──迷いなく、その手を汚すことができますか?》
「…………なんだよ、それ」
違和感。最後の質問は、明らかにニュアンスが変わった。今までは、ずっと問いかけられるだけ。会話ではないただの作業。しかし、明確に自分に向けられた言葉は、あまりにも鈍重に響く。
「……知るか。くたばれ」
《質問は以上です》
《回答にご協力くださりありがとうございました》
《これよりログイン処理に移ります》
《完了まで30、29、28────》
その音声と共に、今まで黒一色だった世界に、白色の光が広がっていく。夜明けのような光景を男は眺めていた。なんの感慨もなく、そこには空虚が残る。
《ログイン処理の間に今回の質問への回答から推測されたカラスマ様の人格データ及び、ソウルスキルの生成情報についてお伝えします》
《カラスマ様は、社会倫理、社会規範、他者理解、自己矛盾の有無の観点において、基準とは大きく逸脱しています》
「そりゃどうも」
《回答時間並びに計測されたバイタルデータから虚偽の回答は認められませんでした》
《以下の情報からソウルスキルの生成を行います》
《ソウルスキル生成中……》
《ソウルスキル生成完了》
《分類:倫理逸脱・高整合型》
《第一段階:解禁》
《識別名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎》
《スキルクラス:ERROR》
《参考までにカラスマ様の人格分類は、統計上極めて少なく──》
光が広がる。目も開けられないほどに、眩しい光が。突き刺すように
《──該当分類は“破綻型”》
《その歪な人間性を、我々は高く評価します》
《では改めて》
《ようこそ、REVELATION ONLINEへ》
《貴方の選択がより良いものであることを、我々は望んでいます》
冷たい感覚とその音だけが、脳の奥にいつまでも残っていた。
次話の更新は明日を予定しています。ここまで読んでくださりありがとうございました。良ければブックマークしていただけると嬉しいです。
※5月31日 表現の一部を加筆修正しました




