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プロローグ

 

 すべてを失う音は、案外静かだった。


 父の会社が倒れた日も、周囲はいつもと同じように動いていた。ただ、昨日まで笑っていた人間たちの視線だけが、急に冷たくなった。





 ___御曹司。





 そう呼ばれていた頃、俺は自分が好かれているのだと思っていた。




 けれど肩書きが消えた瞬間、残ったのは嘲笑と沈黙だけだった。




 友達だと思っていた連中は距離を取り、昨日まで頭を下げていた相手は、平気で背中を蹴るようになった。親戚はまるで共倒れは御免だと言わんばかりに次々と縁を切ってきた。





 家も家財も売って、倒産と同時に背負う羽目になった負債だけどうにかして、僅かながら残った金を元手にどうにかやり直そうと奔走していた父と母は………いなくなって。






 進学する経済的余裕もなくなり、生きるために高卒で入った会社は、逃げ場のない地獄だった。





 怒鳴り声。

 終わらない残業。

 帰れない夜。






「お前は使えない」





 ……その言葉だけが、毎日少しずつ身体に沈んでいった。






 役に立たない。

 邪魔だ。

 いる意味がない。






 そう思うことに、慣れてしまった。







 ある朝、古くて狭いアパートの中で、机に伏せたまま、もう起き上がれなくなった。




 苦しい。でも、起きなきゃ。仕事、終わらせないと。





 また迷惑かける。

 役たたずって言われる。

 怒られる。





 そう思うものの、身体は言う事を聞かなくて、俺はこのまま死ぬのだろうと悟った。







 視界がブラックアウトする寸前、ふと胸の奥が静かに動いた。





 もう一度、生きるなら。





 強くなくていい。

 世界を救うような、特別な存在でなくていい。




 ただ___






 誰かの隣に立っていたい。



 見せかけだけの絆じゃなく。

 使われるだけの関係でもなく。





 誰かと一緒に息をして、生きていく。こんな俺でも、それが許される場所を見つけたい。




 そう願った瞬間、遠くで誰かの声がした。まだ幼い、声変わりもしていない少年の声。





「……おい。起きてるか?」






 それが、俺の二度目の人生の、最初の音だった。


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