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霧祓探偵事務所の怪異録  作者: aik
孤独な復讐者

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9/40

2-4

「容疑者となりそうな人が多すぎます」


 焦りが募る。

 蓮月が赤く染まり始めた西の空を見上げた。


「兄さん、今夜は満月です。もし山鬼が現れれば次の犠牲者が出るかもしれません」


 その時だった。


「霧祓さん!」


 切羽詰まったような声と共に駐在の木島が石段を駆け上がってきた。

 その顔は青ざめ息が荒い。


「大変だ!  ハナが恋人を探すと言って一人で山に入っちまったらしい。西の鉱山跡の近くで見かけた者がいるそうだ。 あそこは危ない。俺もすぐに向かうがあんたらも手伝ってくれ!」


 祐市と蓮月は顔を見合わせた。


「分かりました、すぐ行きましょう!」


 日は急速に山稜に隠れ山道は闇に包まれ始めた。

 木々の上からは不気味なほど円い満月が顔を出している。

 殿の祐市と蓮月そして猟銃を携行した木島の三人が鉱山跡を目指して獣道を進む。

 先導する木島の背中に、蓮月が何気ない言葉を投げかけた。


「駐在所に置いてあった置き時計とても素敵でしたね。ご自分で選んだのですか?」

「ああ、そうだな」

「私物の一つ一つが格調高そうなのが印象的でした」

「どれも値が張るもんだからな」

「…木島さん突然、失礼ですが、あなたの動き方には所々独特なものを感じました。何か疾患や持病をお持ちなのですか?」


 木島の肩がピクリと震えた。

 彼は足を止め、ゆっくりと振り返る。


「あぁ、戦争から帰ってきてからな」

「大変なご苦労をされたのですね……」

「悪夢にうなされることもあった。他にも色々あったが誰も理解してはくれんかったな。」


 蓮月は商店での女主人の噂話を思い出した。

(確か戦争から帰ってきておかしくなったと思われ、周囲からは腫れ物扱いをされていたって……)

 慌てて話題を変える。


「ところで、村ではダム計画があるそうですね。駐在さんとしては反対派なのですか? それとも推進派なのですか?」

「俺は中立だな。村が決めることだ」


 間が持たず沈黙が続く。

 蓮月は視線を下に落とした。

 木島の軍靴が目に入る。


「木島さん。駐在所に入った時に少しだけ、妙な匂いが鼻をついたのが気になりました。何の匂いか心当たりはありますか?」

「たまに香を焚くんだ。それかもしれん。臭かったのならすまないね」

「いえ。独特な匂いでしたので」


 ぽつぽつと雑談を交わしていると古い鉱山跡の入口がすぐそこに見えてきた。

 不気味な風が坑道の闇から吹き出している。

 木島は足を止め慣れた様子で坑道の入口を覗き込んだ。

「ハナさん!  無事かー!」


 闇に吸い込まれる声。

 返事はない。


「いったいどこまで行っちまったんだ」


 その背中に蓮月は静かに声を投げかけた。


「木島さん。そもそもあなたのお話はおかしいんですよ」

「……何が言いたい?」

「ハナさんがここにいるはずありません」


 蓮月は祐市がいつでも刀を抜ける位置にいることを確認した。


「なぜなら彼女は今日、親戚の家においでになると兄におっしゃっていましたから」


 数秒の沈黙。

 山を吹き抜ける風の音だけが響く。

 木島の顔がゆっくり歪んでいった。

 彼は肩にかけた猟銃を外し、その銃口を正確に蓮月に向けた。


「そうだよ、俺が山犬様にお願いしたのさ! ダムに反対する邪魔者は消えてもらわねえとなぁ!」

「……嘘ですよ」

「は?」


 銃口を向けられた絶体絶命の状況下で蓮月は冷ややかに告げた。



「ハナさんがどこに行くかなんて、私も兄も伺っていません」

「な……!?」


 はったりにかかったと悟り木島 が完全に逆上する。


 (山鬼を利用して、何者かがダム反対派を粛清している。

 これが私達の推測だった。

 けど疑問はどうやって山鬼を都合良く動かすか、その手口。

 古文書には山鬼は屍香という匂いに誘き寄せられると記述されていた。

 これと満月という条件が重なればある程度は山鬼を操ることができる。

 駐在所で微かに感じた妙な匂い。

 あれが屍香の可能性がある。

 駐在という権威を利用して嘘の情報を流し山道を通るよう誘導したり、私達に使ったような手口で山へ入るように仕向けていたのでは?

 そして動機は二つ推測できる。

 彼はダム推進派であり、反対派を粛清するため。

 黒川組から金銭を受け取っていたとなれば、彼の所有物一つ一つが値の張るものであることとも繋がってくる。

 二つ目の可能性は戦争から帰ってきた彼を村全体で遠ざけたことから来る村への復讐心。

 噂では腫れ物扱いとされていたが実態はもっとひどい可能性がある。

 なぜ村人達が彼にそんな扱いをしたのかは不明だけど……

 あるいはこの二つが合わさっているか。

 そして祐市兄さんが見つけたあの足跡のスケッチ。

 多くの村人が履いている草鞋、地下足袋、下駄などとは一致しない。

 今、目の前の男が履いている軍靴と特徴が一致している。

 決定的な証拠はない。

 だけど、これらの状況証拠が揃えばあとは「はったり」 で相手の仮面を剥がすだけ。)


「てめぇ!」


 木島が引き金に指をかけようとしたその瞬間だった。


「ギィィィィィアアアアア!!」


 木島の怒声をかき消すような甲高い絶叫が坑道の奥から響いた。

 満月に呼応したのだろうか。

 闇の奥から異様に手足の長い山鬼が、飢た獣の双眸を光らせて姿を現した。

 祐市は即座に蓮月をかばい刀を抜く。

 だが状況は最悪だった。

 目の前には、坑道の出口を塞ぐように立つ怪異、山鬼。

 背後には坑道から銃口を向ける人間、木島。

 二人は完全に挟み撃ちにされていた。


「さあ」


 木島が闇の中で嘲笑う。


「山犬様に喰われるか俺に撃たれるか好きな方を選びな」


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