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彼女はまず失踪者の家々を一軒一軒訪ねて回った。
最初は「祟りだ」「帰ってくれ」と突き放されたが、遺族達は蓮月の真摯な態度に重い口を開いてくれた。
「夫はダム開発に強硬に反対していました」
「黒川組の人に脅されていた所を見ました!」
「村長とも言い争っていました……」
失踪した五人のうち五人がダム開発の反対派であるという決定的な共通点が浮かび上がった。
蓮月は容疑者として名前が挙がった二人の人物に直接会うことにした。
まずは村長の屋敷を訪ねた。
村で一番立派な瓦屋根の家だ。
「おお、帝都からのお嬢さんかい。まあ、お上がり」
通された座敷で村長は目を細めて蓮月を迎えた。
「村長はダムには賛成とお聞きしました」
「うむ。村の発展のためじゃ。時代の流れには逆らえんよ」
「ですが、反対派 の方々が次々と……」
「おお、怖い怖い。山犬様の祟りは本物じゃったわい」
村長はそう言って、全く怖がっていない様子で湯呑みを啜る。
「まあ、残されたご家族もお困りだろうから、わしが相談に乗ろうと思っておる」
「お優しいのですね」
蓮月はお決まりの社交辞令を述べる。
(誰かが、怪異の出現パターンを知っていて、利用している?だけどそんな都合良く怪異が動くものなの?)
蓮月は笑顔で礼を言って村長の家を後にした。
次に村の仮設事務所にいるという黒川組の担当者、杉浦を訪ねた。
帝都から来た仕立ての良いスーツを着た男は蓮月を値踏みするように見下した。
「探偵事務所? ああ、あの駐在が呼んだとかいう。時間の無駄ですよ」
「失踪事件について何かご存知ではと」
「はっ」
杉浦は鼻で笑った。
「神隠しだか何だか知らんがおかげで作業員が怯えて工事の邪魔でね。ああ?消えたのが反対派ばかり? たった五人、ただの偶然だろ」
「……」
現時点では何も言い返せない。
聞き込みの最後、蓮月は商店の女主人から木島に関する噂話を拾った。
「ダムの話で村は真っ二つですよ。帝都の黒川組とかいう大きな会社が来てねえ。賛成すりゃあ補償金が出るってんで色めき立つ者もいるけど、先祖代々の土地を手放せるかって反対してる者も多くてねえ。でも、誰とは言わないけど黒川組から良い思いをさせてもらってる有力者がいるってのはもっぱらの噂だよ。最初は反対派だったのに急に意見を変えちまう奴がいるって話さ」
「駐在の木島さんはどちらの立場なのでしょう?」
「さあねえ……」
女主人は曖昧に首を振る。
「あの人は昔、戦争に行っておかしくなっちまったからねえ。村の連中も、みんな腫れ物に触るみたいにしてるし。ダムの話が出始めてから、なんだか妙に攻撃的になったって話も聞くけど……」
蓮月の推測は混乱した。
(情報が多すぎて絞り込めない……)
一方、祐市は村人たちの視線を避けながら、失踪現場である山道へと足を踏み入れていた。
空気は麓よりもさらに重く不気味な静寂が支配している。
彼はまず、最初に二人の若者が襲われた現場を入念に調べ始めた。
提灯の残骸がまだ生々しく残っている。
祐市は屈み込み地面の痕跡を注意深く観察する。
(争った形跡はない。被害者と思われる足跡はあるがそれだけだ。まるで一瞬で攫われたように……)
彼は他の失踪現場もいくつか回ったが状況は同じようなものだった。
これは人間の仕業ではない。
その可能性が高い。
だが、祐市は別のものを見逃さなかった。
失踪現場そのものではなく少し離れた現場を見下ろせるような茂みの影に不自然な痕跡が残っていたのだ。
それは村人が履くような草鞋や地下足袋、下駄とは明らかに違う、深く、規則的な溝を持つ足跡だった。
しかもまだ新しい。
(怪異の仕業だとしたら、なぜこんな誰も寄り付かない辺鄙な場所に人間の新しい靴跡が? )
祐市が最後の失踪現場を調べていた時だった。
茂みの奥から、か細い嗚咽が聞こえた。
警戒しながら近づくとそこには若い娘が一人木の根元に蹲り小さな花束を供えて静かに泣いていた。
健一の恋人、ハナだった。
「あなたは……」
ハナは見知らぬ男の姿に驚き怯えたように後ずさる。
「霧祓探偵事務所の者です。失踪事件の調査を依頼されました」
祐市はできるだけ穏やかに名乗った。
「健一さんを弔いに来られたのですね」
ハナは、祐市の誠実そうな瞳を見て少しだけ警戒を解いたようだった。
「はい。村の人は祟りだって大騒ぎです。……この辺りは子供の頃から『行っちゃいけない』って言い伝えられてきたんです」
彼女の瞳から再び涙が溢れ出す。
祐市は静かに彼女の前に膝をついた。
「必ず、真実を明かします。もうこんなことが二度と起こらないように」
その力強い言葉にハナはすがるような目で祐市を見つめ返した。
二人はとりとめのない雑談をし、その場から立ち去った。
夕刻、祐市と蓮月は、村を見下ろせる神社の境内で落ち合った。
互いの調査結果を報告し合う。
「兄さん」
蓮月が切り出した。
「今回の怪異は古文書にあった山鬼の可能性が極めて高いです。 被害者は全員満月の夜に襲われています。言い伝え通りなら、声真似も使うはず。そして、屍香という特定の匂いに誘き寄せられるようです」
祐市は蓮月 の言葉に、駐在所で感じた妙な匂いを思い出し眉をひそめた。
「さらに」
蓮月は続けた。
「被害者は全員、ダム開発の反対派でした。村では誰かが裏で糸を引いている可能性もあります。金銭で寝返った有力者がいるという噂も。ですが容疑者は絞り込めていません」
「そうか」
祐市は蓮月の報告を聞き自らの発見と繋ぎ合わせる。
「現場には新しい革靴らしき足跡があった。君の情報と合わせると何者かが関与している可能性が出てくるな」
祐市は足跡のスケッチを蓮月に見せた。
二人の出した結論は一致した。
「怪異の正体は山鬼でほぼ間違いない」
「そしてダム開発に絡んで人間が関与している可能性が高い」
「そいつが誰なのか、それがこの事件の鍵だ」
二人の視線が霧に包まれた村の中心へと向けられた。
怪しい要素は多すぎる。
だが、決定的な証拠がまだない。




