7-6
宴が終わり夜が更けた。
新居の代わりとして用意された離れの寝室。
行灯の柔らかな明かりだけが二人を照らしている。
祐市と蓮月は、敷かれたばかりの真新しい布団の上で、膝を突き合わせて座っていた。
外からは虫の音と風に揺れる木々の音だけが聞こえる。
あの日の完全な静寂とは違う命の音がする静けさ。
「にぃ、……ゆういち、さん」
「呼びやすい方でいい」
「……兄さん」
「ん?」
「夢みたいです。こんな日が来るなんて」
蓮月が解いた髪を指で梳きながら呟く。
湯上がりの肌は上気し白無垢から寝間着に着替えた姿はどこか艶やかだった。
「夢じゃないさ。現実だ」
祐市はそっと手を伸ばし蓮月の頬に触れた。 熱い、確かな体温。
「蓮月」
「はい」
「愛してる。……これまでも、これからも」
祐市は蓮月の肩を抱き寄せ唇を重ねた。
甘く、深い口づけ。
蓮月の体が震え祐市の背中に腕を回してしがみつく。
「私も、愛しています。」
行灯の火が揺れる。
二人は布団に身を沈めた。
肌と肌が触れ合い、重なり合う。
かつて魂を混ぜ合わせた二人が今度は体と心で一つに溶け合っていく。
二人は長い夜を共に越えていった。
それから数年の月日が流れた。
霧祓邸の庭には初夏の眩しい日差しが降り注いでいる。
縁側でお茶を啜る宗顕と源蔵の視線の先には、賑やかな光景があった。
「てりゃー」
木の棒を振り回して走り回っているのは三歳になる末っ子の男の子。
暴れん坊で泣き虫な彼は、まるで嵐のようだ。
「こら、またそんなことをして。転びますよ」
それを木陰で静かに本を読みながら諌めるのは五歳になる次男。
物静かで思慮深い彼は夜を統べる月のように落ち着いている。
「二人とも、おやつの時間よー!」
そして屋敷の中からお盆を持って現れたのは七歳になる長女。
太陽のように明るく誰からも愛される彼女はまさに天を照らす輝きを持っていた。
「あ、姉上! 待ってー!」
「おやつ……僕も行く」
三人の子供たちが縁側に向かって駆けてくる。 その背後から少し大人びた祐市と蓮月が微笑みながら歩いてきた。
二人は顔を見合わせ、幸せそうに笑った。
かつて、イザナミの器と呼ばれた少女は今、三つの新しい命を育む母となっていた。
そして、運命に抗った少年はその全てを守る父となっていた。
「おーい、祐市、蓮月」
宗顕が手招きする。
子供たちが祖父と曾祖父の膝に飛び乗る。
祐市と蓮月もその輪の中に加わった。
庭には光が満ちている。
黄泉の門は決壊の危機を脱し安定した状態になっていた。
その影響からか怪異の数は減少した。
しかし奴らはまだ完全に世の中から消えてはいない。
時折、祐市は刀を取り夜の街へ出かけることもある。
けれど帰る場所がある。
待っていてくれる家族がいる。
それだけで人はどこまでも強くなれるのだ。
祐市は隣に座る蓮月の手をそっと握った。 その指には陽光を浴びて輝く指輪があった。
風が庭を吹き抜け青葉がさわめく。
「蓮月」
祐市が呼ぶと彼女は穏やかに微笑み返した。
「はい。あなた」
繋いだ手から伝わる温もりはあの雪の日から変わることなくむしろ歳月と共に増していた。
これからも幾度となく夜は来るだろう。
だがこの光あふれる庭がある限り霧祓の剣が曇ることはない。
二人は寄り添い愛おしい家族の笑い声にいつまでも耳を傾け続けた。
その光に満ちた日常こそが二人が選び取った真の結末だった。
これにて完結です!最後までお付き合いいただきありがとうございました!




