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霧祓探偵事務所の怪異録  作者: aik
二人の誓い

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26/40

5-3

 先ほどの激戦から数時間が経過した。

 屋敷の後始末も一段落し障子の向こうが白み始める頃。

 祐市と蓮月は源蔵に話があると書斎に呼び出されていた。

 二人は源蔵の前に座る。

 部屋には重い沈黙が流れていた。


「二人とも聞きなさい」


 源蔵は一息つき静かにだが決定的な提案を口にした。


「祐市、蓮月。私は二人に許嫁という形を取ることを提案したい」

「「……え?」」


 疲労の底であまりにも唐突な提案に二人は言葉を失った。


「蓮月。君は5年前の魂同調の代償で魂の耗弱と怪異を引き寄せる体質になった」

「そして祐市。お前はその原因が自分にあるという負い目から彼女を過剰に庇護した。それが今回のすれ違いの根本だ」


 (兄さんが私を怪異から遠ざけたのは……)

 源蔵の言葉は続く。


「蓮月はその体質ゆえもう普通の社会では生きられん。

 そしてこの霧祓邸の結界も昨夜のように破られる。

 この屋敷も完全には安全でないということだ。

 私は高齢、宗顕は任務で不在がち。

 蓮月の安全を確保できるのは家の現役の祓魔師である祐市、お前だけだ。

 そして蓮月の居場所を戸籍上にも霊的にも作り、守る。

 そのための大人が出せる唯一の答えが許嫁だ。

 ……これは命令ではない。提案だ。私は二人の意志を尊重する。結論は二人で決めてくれ」


 二人は沈黙した。

 源蔵が提示した安全や居場所という論理はまだ二人の頭に入ってこない。

 彼らの頭を支配しているのはただ一点。

 昨日まで兄と妹だった自分たちが許嫁になる。

 夫婦になる。

 その関係性のあまりにも急な変化そのものに二人は純粋な戸惑いを覚え互いの顔を見ることができず俯いてしまう。

 許嫁の提案から数日。

 祐市と蓮月はあの提案について一切触れられず家の中でギクシャクした時間を過ごしていた。

 祐市は蓮月を妙に意識してしまっていた。

 廊下で風呂上がりの蓮月と鉢合わせてしまうと祐市は15歳の女性としての体の丸みに瞬間的に視線が奪われ慌てて視線を逸らし自分の頬にビンタした。

(何をジロジロと見ているんだ、俺は! でも、もし夫婦になるなら……)

 またある日は事務所で蓮月がよろけたのを反射的に腰を抱いて支えた瞬間、 手のひらに伝わる今まで意識したことのなかった妹の腰の細さと体の柔らかさ。

  祐市は火傷でもしたかのように慌てて手を離した。

(俺のせいで疲れやすい体になった妹に、俺は……)

 彼は強烈な自己嫌悪に陥っていた。

 蓮月もまた祐市を意識してしまっていた。

 よろけた自分を支えた祐市の大きな手、その温もり。

 それが兄ではなく男の人、夫になるかもしれない人の手だと意識してしまい掴まれた腕から顔までが熱くなった。

 またある日は近所の女学生が町内会の用事で祐市を訪ねてきた。

 学校に通っていな自分の知らない外の世界で自分の知らない兄の顔で自分以外の女性と親しげに話している。

  蓮月は胸がもやもやするような強い疎外感と独占欲に激しく戸惑っていた。

 数日後二人は互いに悪夢を見た。

 祐市は5年前の魂同調の記憶が歪む夢を見た。

 絶望に沈む自分。

 助けに来た蓮月はなぜか15歳の姿で裸の姿だった。

 蓮月が抱き着いてくる。

 祐市は夢の中で、自分が脆弱な体にしてしまった相手の顔を真正面から見ながらその感触に不純な欲望を感じてしまう。

 祐市は蓮月を抱き寄せた。

 その瞬間彼は飛び起き自らの寝具の汚れに気づいた。

 自分の無意識が最も大事な思い出の一つでもあった兄妹の過去を汚したことに最悪の自己嫌悪と限界を感じた。

 同じ日、蓮月は祐市が誰かと学校の制服姿で楽しそうに話しながら学校、蓮月の知らない世界へと歩いていく夢を見た。

 蓮月が待ってと叫んでも祐市は自分を置いて行って遠くに行ってしまう。

 目が覚めた彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


 数日後、事務所で蓮月が祐市を待ち構えていた。


「兄さん。私たち、あの提案をどうするんですか」


 祐市はあまりの気まずさと申し訳なさと罪悪感で蓮月の顔を直視できない。

 蓮月はその祐市の態度を誤解した。


(私との結婚が嫌、なのかな……)


「迷惑、ですよね」


 蓮月は震える声で言った。


「兄さんは私の体質のせいで私のために自分の人生を縛られる。私は結局兄さんのお荷物なんですね……」


 迷惑、お荷物という言葉が祐市の負い目と自己嫌悪を爆発させた。


「違う! 」

「え?」

「お、俺は……!」


 祐市は蓮月に現実で起きたことを叩きつけた。


「俺はお祖父様の提案を聞いてから、お前を妹として見ることに違和感が出てきた……。

 5年前、俺のせいでお前をあんな体にしたのに! 俺は、お、お前のことを……」


 祐市の告白は蓮月の誤解を解いた。

(兄さんは私をお荷物だから避けていたんじゃない、異性として意識してたから恥ずかしくて避けていたの?)

 蓮月も自分の本音を告白した。


「私も兄さんが知らない人と話しているのを見るのが、すごく嫌でした。家の中で一人で帰りを待ち続けるのは辛いです。遠くに行かないで欲しい。ずっと一緒がいい。側にいてほしい。でも、いつかは私以外の人と、って考えたらとても、悲しくなってしまって」

「お祖父様の提案は護衛のためだ」


 祐市は言った。


「だが、それ以前に俺は、お前のことが……」


 祐市は蓮月の手を取った。


「好きだ。あ、愛してる。俺はお前のパートナーとして、何があっても守る」


 蓮月が目を丸くし涙浮かべた。

 手をゆっくりと握り返す。


「私も兄さんのことが大好き! 私、兄さんを頑張って支えるから! もうお荷物かもって悩むのは終わりにする。できることはなんだってするから。だから兄さんも負い目を感じるのも終わりにして」


 蓮月も誓った。


「私は兄さんのパートナーとしてあなたを頭脳として守ります」


 二人は許嫁という形を大人の論理としてではなく二人が対等なパートナーとして互いを守り合うという、二人だけの誓いとして受け入れた。


 互いの本音を告白し誓いを立てた翌朝。

 祐市と蓮月は事務所で顔を合わせていた。

 西園寺家への報告は祖父が電話で済ませてくれていた。

 昨夜の告白と誓いを経て二人は互いをまともに見られない。

 事務所にはこれまでとは全く異質の非常にぎこちない空気が漂っていた。

 蓮月がいつものように祐市のためにお茶を淹れ机に置こうとする。


「はい、兄さん」

「ああ」


 蓮月の指先が湯呑を置く際に祐市の指先に偶然触れた。

 祐市は慌てて手を引っ込めた。

 蓮月も祐市の大きな手を意識して顔を赤らめる。

 だが彼女はもう戸惑うだけではない。

 蓮月はその祐市の狼狽ぶりを見て少し意地悪そうにそして少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「もう、妹じゃないんですから。それくらい、いいでしょう?」


 祐市は照れを隠すためにぶっきらぼうに湯呑を掴んでお茶を飲んだ。

 蓮月はそんな祐市の姿を見て嬉しそうに笑った。

 前のような負い目や不安から来るギクシャク感はない。

 あるのは許嫁であり対等なパートナーとなった二人の初々しく、ぎこちないが確かな信頼関係だった。

 祐市はふと思った。

(蓮月は10歳になってから体質のせいで学校に行けてない。知識の吸収場所は霧祓家の書庫……。夫婦になった男女が何をするか本当に分かっているのか?その、子供がどうやってできるのかとか……)

 祐市はじっと蓮月を見つめる。

 蓮月はニコニコと幸せそうに微笑んだ。

(俺が教えるのか!?一から十まで全て!?いつ!?どこで!?どうやって!?)

 祐市は飲んでいたお茶を吹き出し、激しくむせる。


「兄さん!?」


 蓮月が慌てて台ふきんを取りに行く。

 蓮月の笑顔が祐市の目には何も分かっていない無垢なものに映りさらに彼の焦りを加速させた。

(だめだ!怪異よりこっちのほうが難問だ!)

 祐市の許嫁としての新しい戦い?は始まったばかりだった。

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