7話
右から左から、前から後ろから、とにかく息つく間もなく襲いかかってくる。フレイリスの剣は容赦なく斬り裂いた。
バラバラと地に倒れていくオパールの女たち。そのまま塵と化して風に散っていく。
(キリがないな。だけど、セラは人間には手が出せない。やむを得ないな)
フレイリスは思うが早いか、腰から袋を取り出し、中にある小さな珠を掴んで周囲に撒いた。
「さて、どれくらい派手に燃えてくれるかね」
細くゆっくり息を吸い込む。
『悪域に傾きし堕を粛正する。母神ユノーの名の下に、カイオス斎主、エルダリアーナの力を求めん』
囁くように言うと、パチリと指を鳴らした。すると撒かれた珠が一斉に発火した。紫色の炎がオパールの女たちを追いかけるようにいくつも巻き上がる。そして焼き尽くした。
「フレイリス」
「派手に燃えるね」
フレイリスは歩み寄るセラを見ずに返事をする。目は紫に燃えるオパールの女たちから離れない。炎の中の彼女たちは大きく腕を伸ばして揺れている。
「まるで助けを求めているようですね」
「経緯や事情はどうであれ、彼女たちの心は悪域に振り切っていて〝天秤珠〟は闇色に渦巻いている。悪魔か魔女かは知らないけど、利用されるだけの悪意を持っているってことだろう。助けてと言われても、知らないねって答えるだけだね」
「……何者かによって魔術をかけられたのですよ。私が悟れないレベルの高度な術です。死を恐れない護衛兵……なにも食べず、飲まず、眠らず、不満も述べず、そして報酬もいらない。忠義も絶対。惨い魔法です」
「同情しろって? ご冗談を。所詮は魔道域だ。あたしにとっては全部一緒。さしたる違いはない。悪域に傾き、デッドラインを超えたら粛正する。それだけだよ」
セラは瞼を閉じてかぶりを振った。
「魔力を持たず魔法を使えないあなたが、鍛錬した魔導士に並ぶ業を使うのです。カイオスの斎主がどれほどの存在か。ですが、それでも一人の人間のはずです。粛正だなんて」
「何様って? はは、今更なにを言ってるの、セラ。まさしく、カイオスの斎主様、だよ。圧倒的な力を持つね。さて、ダベってないで核心に迫ろうじゃないか。あんただって興味あるんだろ? ラシャリーヤの存在と秘術ってヤツ」
フレイリスの視線の先にはいまだ白い霧のようなものが渦巻いている。
「フレイリス、剣を出してください」
「ん?」
「護符を刻みます。離れ離れになった時、それがあなたを守ります」
「あたしの大事な商売道具を魔道域に染められたら困るんだけど」
「大丈夫です。女神ユノーの護符に絡ませますから」
「こだわってない? つか、ムカついてる?」
セラの整ったかんばせにうっすら笑みが浮かぶ。
「いいえ。純粋に、スタファーシャ十二神に関する護符は効力絶大だからですよ。カイオスがユノーに帰依しているのがその証拠です。もっとも、カイオスと同様な組織もありますが、ここまで強力ではありませんけどね」
スタファーシャ十二神とは、この世界に広く知られているスタファーシャ神話の中核を成す十二神のことだ。
頂点に立つのは天神バベル。続いて男神は、知神サーヴェル、軍神ビゲス、義神ロイナー、太陽神カイ、風神フィード。女神は、母神ユノー、戦神アシス、月神シルヴァーナ、水神アリアン、氷神クレイシャ。最後に夫婦で一神と数えられている地神ナザディーとエリディウスで十二種、計十三の神々を総称してスタファーシャ十二神と呼んでいる。
それぞれに崇める集団や組織があるが、どこもその術の力は絶大だ。
「あたしは主上の力を信じているけど、頼ってはいないよ。魔物類は主上の力がないと立ち向かえない。だから基本、近づかない。浄化執行人として、やるべきことをする。今回は別だから」
「……よく言えますね、女性の頼みだからとジェシル王のもとに行ったくせに」
「主上が人助けをしろって言うんだよ。特に虐げられた弱き女性は助けねばならない、とね」
「矛盾していますね」
セラに軽く否定されてフレイリスは首をすくめた。
「まぁいいですよ。私には関係のないことですから。それに人助けは、あなた以上にしないといけない身ですので、流してくれる仕事には誠心誠意応えます」
「そう?」
フレイリスはうっすら笑みを浮かべ、剣を差し出した。
セラは剣を取ると地面に胡坐をかいた。預かったフレイリスの長剣を、両膝に渡すように置いて目を閉じる。愛用の杖は左の肩に立て掛け、両手を組んだ。それからブツブツとつぶやき始める。するとセラの体から小さな丸い光がいくつも発生して上昇し、頭上で渦を巻くと、今度はセラの体に戻ってきて何度か旋回し、右手の人差し指に集まってきた。
セラは長剣の剣身に記号のような模様を描いていく。終わると記号は消えていった。
「セラ、あたしの商売道具にあんたの業をかけるんだから、一つ頼みがある」
「頼みですか?」
「あんたになんかあった時、助けられるようにもう一つ護符を刻んでほしい」
セラの目が丸く見開かれた。
「あたしが魔導士のあんたを守るのはちょっと骨だから、自分の身は自分で守ってもらえるようにしてほしいんだ」
「あなたの剣で?」
「そう。あたしの剣を使って」
「……わかりました」
セラはフレイリスの剣に新たな記号を描いた。
「これでお互い様だね」
「…………」
フレイリスの言葉にセラは返事をしなかったけれど、それを気にした様子もなく、フレイリスは剣を受け取って鞘に戻す。その間にセラは立ち上がり、空を見上げた。
「ラシャリーヤが出現すると思われるのは明夜でしょう。それまではこのあたりの様子を探りましょう」
「めんどくさーい」
口を尖らせて返事をするも、ニタッと笑って見せる。実に愛嬌いっぱいだが、フレイリス・カティリアは〝血のリコリス〟と呼ばれて恐れられている剣士である。セラは彼女の甲冑に描かれている赤いリコリスに視線をやったのだった。




