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4話

「と、いうことで、行き先は魔都らしい」

「まったくいい加減なことを。あなたはラシャリーヤがなぜ魔都と呼ばれるのか、知っていますか?」

「だから、氷漬けにされたんだろ? で、滅んで跡形もなく消え去った、チャンチャン」


 はあ、と呆れのため息をセラがつく。


「ラシャリーヤが女神クレイシャの怒りに触れて、氷下に没したという伝説は本当です。しかしながら、ラシャリーヤは戦で負けて焼き払われました。ここから百キロほど北に進んだあたりにあったとされています。ラシャリーヤはスタファーシャ十二神の中で、双女神の姉のほう、氷の女神クレイシャを崇めていた水晶の都で、統治した城には秘術が隠されていると言われています」


「秘術?」

「はい。この秘術がラシャリーヤを魔都と呼ばせる理由です」

「どんな秘術?」


「それがわかれば秘術とは言わないでしょう。まぁ、想像はしているのですが。女神クレイシャは秘術を隠すために氷の礎にして、時空の狭間に流したと言われているのです。数百年に一度、銀色の満月の夜に現れる。おそらく月の軌道と角度に影響されているのだと思います」


「見た?」


 するとセラはわずかに首を動かした。イエスなのかノーなのか、判断しかねる仕草だ。


「ラシャリーヤ自体は見ていませんが、形跡とおぼしきものは見ました」

「形跡」

「はい。生えたい放題の木々がなぎ倒され、草は完全に踏みつぶされていました。逸話も似たような内容です。ラシャリーヤの跡地に築かれた街はペシャンコになるという。呪われた地に街を作ってはいけない。代々この国の王はそれを守っています」


 フレイリスが、ふーん、と気のない相槌を打つ。


「古代とはいえ一時は栄華を極めた都市です。広さは十二分にある。それなのに、この数百年、あの地に町も村も作られず、頑なに立ち入りを禁止しています。王家に伝わる戒めは相当なものだと察します」

「じゃあ、アリューシャ姫に水晶を渡した金髪の女は?」

「あなたは誰だと思っているのです?」

「ラシャリーヤの女王ティーネス、かな」


 セラがふっと笑った。麗しいという言葉がふさわしいもので、周囲の男たちが視線をやるほどだ。


「いい推理です。ですが、数千年前の人間が生きているとは思えません。いくら時空の狭間を彷徨っていても。それに、仮に封じられた空間の中で生きているとしても、外に出られません。絶対に」

「うーん」


「『氷雪よ、地を覆え、遥かなる寒獄の息吹を呼び覚ませ。我が怒り、呪いとなりて天を貫き、地を砕く。呪われし都よ、我が逆鱗の前に凍てつく結晶と果てよ。永遠の呪縛、空を越え封印されし。かの都の命、一片たりと呪縛より放たれぬ。永久の眠りに果てつる』これが氷の女神クレイシャの残した呪いの言葉です。ラシャリーヤより出ることを禁じられている住民がアリューシャ姫の声を奪えるはずがありません。おそらくラシャリーヤの秘術を手に入れようと画策している魔導士がいるのでしょう。あるいは、もっと邪的に言って、妖魔の類いでしょうか」


 フレイリスが顔を顰めた。それ以上言わなくていいという意味だ。それをセラは綺麗に無視した。


「妖怪、魔物、幽霊、怨霊、まだまだいっぱいありますね」

「もぅいいよ」

「ここまでくると浄化執行人の域外ですか」

「あんた、ほんっとにそのうちしょっ引かれるよ」


 セラの笑みが深まったその時だった。急に外が賑やかになり、髪を振り乱して、顔面蒼白のアーシェ夫人が数名の伴と共に飛び込んできた。そしてフレイリスの腕を取ってわめく。和気あいあいと楽しんでいた傭兵たちが何事かと目を丸くしている。


「落ち着いてください。アリューシャ姫の御身になにかあったのですか? 攫われたとか?」


 アーシェ夫人が驚いたようにセラに顔をやった。


「フレイリス・カティリアの手助けをすることになった魔導士です」

「竜の杖を持つ銀髪の麗しき魔導士……あなたが、魔導士セラ・リヤード?」

「光栄です、夫人。私を知っていてくださったとは。それで、アリューシャ姫のことは図星ですか?」


 アーシェ夫人はハッと息をのんで大きく目を見開いた。


「そうです。アリューシャが攫われてしまって」


 アーシェ夫人の青い目が涙で潤み、大粒の涙がこぼれた。


「攫われたと思う根拠は?」

「窓が開け放たれていて、床に割れたカップが落ちていました。声を奪われてからのあの子は心を閉ざして部屋にこもりきりで、窓から外に出るなどありえません。きっとあの時の女性が攫ったんですわ! ああ、アリューシャ!」


 アーシェ夫人は両手で顔を覆い、その場に崩れ込んだ。


「アーシェ夫人」


 フレイリスはアーシェ夫人の名を呼びながら屈んで片膝をつくと、マントの内側から小さな袋を取り出して夫人の目の前に差し出した。


「剣士?」

「よく嗅いで」

「嗅ぐ? ……甘い香りが」


 そこまで言うと、アーシェ夫人の体がフレイリスの腕の中に倒れ込んだ。


「眠っていただいた。護衛の方々、お連れいただきたい」

「ですが、あのっ」

「大船に乗った気で待っていればいい。国王にもそう伝えておいてよ」


 余裕のフレイリスに従者たちの表情が少しだけ緩み、気を失ったアーシェ夫人を抱き上げて食堂から去っていった。それを見送ると、フレイリスがセラに向き直る。


「セラ」

「はい?」

「あたしたちも行こうか」


 真剣な表情のフレイリスに対し、セラが首を傾げる。


「どこに行くのです?」

「どこって、部屋だよ」

「部屋?」

「寝るんだよ。しっかり睡眠を取っておかないと、大立ち回りの最中に眠たくなったら困るだろ」

「は?」


 ニマッと不敵に微笑むフレイリスを、セラは呆れ顔で見ている。そんな二人の背後から大きな悲鳴が起こった。今度はなんだと振り返ると、店員の娘に詰め寄っている男が数名。客ではなさそうだ。黒いフードマントに全身を隠しているが、醸し出す迫力からチンピラ風情ではない。



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