表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

22話

 あたり一面が氷に包まれ、完全に凍結していた。床を白い冷気が渦巻いている。

 二人の体も氷に覆われている。


『剣士

『壊すのです』

『確実に壊すのです』


(なにを壊せというんだ。なにを! この都を壊せと言うのか! 巨大な街を壊すなんて、そんな無茶なことがあたしにできるかっ)


『幻を、消すのです』

『失われた過去の亡霊を滅ぼすのです』

『フレイリス・カティリア、あなたは死に守られている。あなたならできる。』


(死に守られている? あたしが? どういう意味だ。そんなこと、あたしにわかるわけがないじゃないかっ。ダメだ、体中が冷えて)


『神殿の核を壊すのです。』


 フレイリスが目を見開く。


(核? 今、核と言ったか?)


 突然フレイリスの体に異変が起こった。懐のあたりから膨大な熱が発せられ、フレイリスの体を包み、氷を溶かしていく。厚みがなくなってくると、フレイリスは全身に力を入れて捻った。音を立てて氷が割れ、自由になった。


(いったいどうなった? これが熱くなった。でも、氷を溶かすほどではないのに)


 懐から貰ったオパールを取り出す。それを目の上の高さに掲げて覗き見るが、特に変化はなかった。


『それだ!』


 キンと頭に直接響く強烈な怒声。カーヒルが吼え、凄まじい炎を放出して一気に氷を砕いた。赤い髪が逆立ってたなびいている。激しい闘気がカーヒルの体から放出されて空気を震わせる。


「どこで手に入れた!」

「さぁ、それはわからない。拾ったのはセラだからね」

「それを渡せ!」


「渡せと言われてホイホイ渡すバカがどこの世界にいるんだよ。へー、こいつがネックなわけだ。で? こいつがあったらどうなるんだい?」


「貴様などに用はない!」


「そんなことはないだろう。あんたの望みは魔都の復活なんだろ? だったら、これはその願いをかなえる代物だってわけだ。なら、渡すわけにはいかない。でもこれがなんなのか、興味はあるけどね」


 カーヒルが奥歯を噛みしめて鋭く睨んでくるのを、フレイリスは軽く笑って眺めている。


「そぅ怒りなさんな、大魔導士さんよ。あたしは流れ者の剣士とかじゃなく、ある組織に属している雇われ者なんだ。だから魔都復活自体に興味はない。あたしの質問に答えてくれたら、この石はあんたに返すよ」


「セラと共にアリューシャを取り戻しに来たくせに」

「雇われたんだよ、護衛にさ」


「お前、よくもそんな嘘をペラペラと並べられるね! 組織に属している剣士なら、雇われるなんてないだろうが」


「人助けは積極的に、なんだよ、ウチの組織は」


 笑うフレイリスは内心でカーヒルが本当にカイオスのことを知らないのだと確信した。


「で、あんたさ、セラのことをよく知っているよね。魔物や妖魔でもなく人間なんだったら、云百年と生きてるわけがないだろう。今までどこでなにをやっていたんだよ」


「私のことを知ってどうするんだい」

「知的好奇心ってヤツ」


 ふふふっと笑うフレイリスの顔は、百戦錬磨の剣士と言うよりも、若い女相応のものだった。


「魔道を極めれば時間の狭間を移動できるようなる。平たく言えば、自他が生み出した異空間に身を置き、時を渡ることができるんだ」


「ってことは、東だの北だの、このあたりとは違う場所にいたとかじゃなく、そもそもあたしらが生きてる空間にいなかったってことか」


「そういうことになるかねぇ」


 なるほど、と納得するフレイリスは、あらぬ力の偉力の如何ほどを改めて思い知ってうんざりした。


(能力は正義も悪も関係なく身につけられる、か。悪域に傾いた心の程度を量り、行き過ぎた者は浄化する。それがあたしの役目。特にこの女のような)


「特殊な存在を相手する」


 最後は声に出ていた。カーヒルが首を傾げる。


「今、セラがアリューシャ姫を助け出している頃だろう。この石を手に入れても、もう遅いんじゃないか?」


「そう簡単にここから出られるわけがないだろう」

「鍵があっても?」

「そうだ。鍵があってもだ。なぜなら、女王ティーネスはもう完全に存在しなくなったからだ」

「あんたがヤったの?」

「そうさね」

「そ。わかった。じゃあ、これはあんたに返すよ。でも核は壊させてもらう」

「核?」


 フレイリスは大きく振りかぶり、カーヒルの足元に叩きつけた。オパールが弾けて砕け散る。ギャア! という悲鳴を上げ、カーヒルが座り込んで割れたオパールをかき集めた。そして熾烈な怒りを顔に張り付け、フレイリスに飛びかかろうとしたその時、凄まじい重力が二人を、否、城中を襲った。


「わあああっ!」

「これは……っ」


 重力というよりは見えないなにかが降ってきたという感じだ。猛烈な圧力にフレイリスもカーヒルも立っていることができず、床に膝をつく。カーヒルは両腕をクロスさせて自ら掻き抱き、必死に耐えている。対してフレイリスは片手を床に、片手を膝にやって歯を食いしばっていた。


「から、が……く、ず、れ……」


 カーヒルはそこまで言って前のめりになり、顔を床についてしまった。


(息がっ)


 呼吸もできないほどの強い重力。もう無理かという考えが脳裏をかすめた時、突然重力が消滅した。ハッと我に返った時には、何事もなかったかのように静寂が広がっていた。


「貴様……!」


 カーヒルの怒り声が轟く。素早く立て直したカーヒルはすぐさま立ち上がり、一瞬でフレイリスとの間合いを詰めて胸元のマントを掴み上げた。


「貴様のおかげで魔都の復活が不可能になってしまった! クレイシャの神像にあるオパールは銀月の力と共鳴し、異空間を彷徨いながらも辿るべき道と通じていた。それを壊せばラシャリーヤは永遠に異空間を彷徨うことになる。すべての調和と存在の証しである石を壊しおって……許さぬ!」


「……ってことは、ここはすでに、異空間ってわけかな?」

「そうだ!」


 ドン、とカーヒルがフレイリスを突き飛ばし、両手を広げた。胸元に杖が出現して、それを掴む。一方、フレイリスもよろけた体を捻って体勢を整え、剣を抜いて構える。


『暫!』


 衝撃破が来る。フレイリスは剣でこれを阻んだ。


「バカな! 魔法を剣で防ぐなど! 貴様、何者だ!」

「何者もなにも、セラの力じゃないのかな?」


 確かに剣身に記号が浮かんでいる。驚くカーヒルを無視し、今度はフレイリスが踏み込んだ。


『電雷!』


 幾筋もの稲光が起こり、フレイリスに落下して直撃する。だが、淡い膜のような光に包まれたフレイリスには効かなかった。


「なぜ効かない!」

「なんでだろうねぇ」


 剣先がひゅんを鳴り、カーヒルの首元に走る。カーヒルは杖で辛くも遮った。


「人間の速さじゃない」

「それもわたしにはわからない」


 今度は逆からカーヒルを襲う。さらに下から斬り上げるようにして剣を踊らせると、カーヒルの顎にわずかながら触れた。細い血の筋が舞う。


「貴様! 許さん!」


 フレイリスは聞いていない。もう次の体勢に入っている。右から、左から、目にも止まらぬ速さで斬り込んでいく。カーヒルの体の至る所から血の糸が飛んだ。


 そのまま追い詰められたかと思ったが、カーヒルが杖を構えて叫んだ。


『霧氷化』


 空間すべてにに白い冷気が漂い、天井から鋭いツララが数多と落ちてきた。何本かがフレイリスの背中に直撃する。甲冑が遮るものの、衝撃は凄まじかった。


(く……ツララに魔法が込められているのか)


 視界が二重三重に滲み、歪む。めまいが起こって、フレイリスは無様に転んだ。


「息の根を止めてやる!」


 歯を食いしばって起き上がろうとした。上げた顔に新たな衝撃が起こってフレイリスを弾き飛ばし、壁に激突する。


「……ぅ」


「人間で、魔法を使えぬ者……ありえないな。だが、存在している以上からくりがあるはず。考えられることは、誰かに守られているということか」


 カツカツと床を叩きながらカーヒルが歩み寄ってくる。そしてフレイリスの顔面を蹴った。


「っ、ぐぅぅ」

「そんなことはどうでもいい。私の積年の計画をぶち壊してくれたこと、死をもって償わせてやる」

「……たかが宝石一個割っただけじゃないか」

「黙れ!」


 さらに一撃がフレイリスの喉元にさく裂した。


「黙るのはあなたのほうです、カーヒル!」


 重厚な扉の傍にセラとアリューシャが立っていた。カーヒルは二人の姿を確認するや高笑いを上げた。


「愚かな半妖! 自ら死にに来るなど。この剣士を見殺しにすればラシャリーヤから脱出できたものを」


「フレイリスが魔都復活を阻んだようですね。さっきの圧力はその結果でしょう。残念でした、カーヒル。人間たちを平伏させるというあなたの野望が露と消えて。でもそのおかげであなたも目が覚めたでしょう? 神でもないのに、世界征服なんてできないことを」


 カーヒルが鋭い目つきでセラを睨む。


「一介の剣士に阻まれたのだから」

「黙れ! 下等な半妖の減らず口などおぞましい! 戦うなら相手をしてやる。下等でひ弱な半妖、八つ裂きにしてくれる!」


 二人が同時に構えた。アリューシャが静かに数歩下がったところで、印を結んで呪文を唱える。光弾が飛び交い、衣を焼く。そんな些細なことは気にもとめず、二人はさらに魔法を放った。至る所で爆発が起きる。


 次は動いた。広い空間内を二人は走り、飛び、駆け巡った。壁といわず、天井といわず、魔法の衝撃によってバラバラと崩れて瓦礫を飛ばしている。それでも二人の戦いはおさまるどころか度を増すばかりだ。


 黄金の閃光と黒い炎が互いにぶつかりあって消滅する。あるいは壁や天井を破壊する。カーヒルはわずかな間合いを逃さず、セラの前に躍り出た。そして生み出した黒い剣を振り下ろした。


「うっ……ぐっ! カーヒル」


 黒い剣はセラの腹を貫いた。


「お前如きに私は倒せない」


(ここは……さっきの場所?)


 光のない暗闇にフレイリスは立っていた。周囲がうっすらながら見えるのは、自分が発光しているからだ。フレイリスは両手を前に出して見つめる。


(なぜ光っているんだ?)


『それがあなたの正体だからです。』


 正面、少し離れた場所に一筋の光が差した。光に中に女がいるが、光っているので顔がよく見えない。だが、フレイリスは自分がよく知る人物に似ている気がした。


(主上?)


『あなたは自らに術をかけられていることを知っているはずです。その力を、あなたの主が求めていることも』


 その言葉に、フレイリスはこの人物が斎主ではないと理解した。では、誰なのか。心当たりはまったくない。


『いつか来る時を恐れてはいけません。そしてここから出て、本物のために尽くしなさい』


「さっきからなにを言っているんだ。さっぱりわからない」


『核を壊して元の世界に戻るのです』


「核って、さっきのオパールじゃないのか? ラシャリーヤはもう復活することはないって言われたが」


『壊すのです。早く来なさい』


「来なさいって、どこへ」


『祭祀の間へ。私のもとへ!』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ