21話
その頃、早々と神殿をあとにし、アリューシャを捜していたセラは城中の扉を点検して走り回っていた。
鍵穴に細工がしてあると踏んで各扉にある鍵穴に鍵を差し込むが、その効力を示すどころかそもそも合わないのだ。焦りが出てきた頃、ようやく鍵が意味するところを悟った。
城中の扉の鍵穴はごく普通のものであったが、わずかに異なった扉が存在していること、また扉だけではなく、床に、天井に、壁に、よくよく見ないと見落としそうな場所に奇妙な形に象られた穴があるのだ。その穴の周りには細い幅の宝石で囲われている。
種類は四つ。ダイヤ型のオニキス、雫型のアメジスト、円形のルビー、長方形のサファイア、フレイリスが見つけてきた鍵の形と色に一致する。
今、セラは、ルビーで円形に象られた鍵穴の前に立っていた。
(フレイリスの見つけた順番は黒、紫、赤、青。過去、現在、未来、本質とすれば、城の中を自在に進む鍵穴を探さなければならない。〝今〟という時間軸で城内を動き回るとすれば……現在のアメジスト。ルビーではない)
セラは首を振った。
「ここじゃない」
セラは再び走り出した。不思議なことにこれと思って探すとなかなか見つからない。通りすぎた廊下にはアメジストの鍵穴はいくつも見たのに。完全に迷子になってしまったセラは、もう鍵穴とその鍵の力に頼るしかなかった。
「あった!」
床と壁の接点あたりにアメジストが示す鍵穴を見つけた。セラは身を屈めて雫型のヘッドをしたアメジストの鍵を差し込んだ。
「アリューシャ姫のところへ案内を! どうか!」
右に九十度、ここで抵抗を感じた。
「ダメか!?」
悔しさに思わず手に力が入って、押してしまうと奥へと動いた感触を得る。セラは鍵を押した状態で、さらに九十度下に回した。すると、カチッという小さな音と共に手応えがあった。
「あぁ!」
鍵穴から左右に紫色の光が起こり、壁に見る見る紫のラインが走って扉を形成した。セラは出現した扉をそっと押した。扉は開くのではなく、わずかに後退してから消えてしまった。その奥に部屋がある。
「……すごい。これがラシャリーヤの秘術!」
セラは素直に感嘆した。
「アリューシャ姫!」
部屋の中央にアリューシャがいた。両手を縛られて吊されている。気を失っていてうつむいているが命に別状はないようだ。下半身が水晶に埋まっている。逃げられないように細工したのだろう。
セラはアリューシャに歩み寄り、縄を切った。そして魔法で水晶を撃った。水晶が砕けて床にバラバラ落ちる中、倒れ込むアリューシャの体を支える。
「アリューシャ姫。アリューシャ姫、目を覚ましてください!」
アリューシャは無反応だ。
「完全に眠りの淵に落ちている」
やむなく側にあったソファにアリューシャを座らせる。そして何気なく部屋を見渡し、ギョッとした。アリューシャが吊られていた場所のすぐ横にある台の上に、金髪の女の首が置かれていたからだ。いや、〝いる〟と言ったほうがいいのかもしれない。なぜなら女の目からとめどない涙が流れ、時折その青い瞳を瞬く。首から下がないだけで、生きているのと変わりない仕草だった。
「水晶の女王ティーネス。ラシャリーヤ最後の女王……あなたが、そうなのですね?」
首は反応しない。しかし目がセラから別の場所へと移された。視線の先には水晶玉がある。表面は普通の水晶だが、中心部分に赤い輝きがある。
「これは……アリューシャ姫の声を封じた水晶玉?」
疑問を口にしながら再度ティーネスの首に視線をやると、何度か瞬きをした。
「カーヒルは強者こそが世界を制すと言って、弱者を利用し、いたぶって喜んでいました。ティーネス、魔都の復活はありえませんが、あなたの仇は討ちます、必ず」
セラは力強く言うと、水晶玉を取り上げてアリューシャに近づけた。すると水晶玉は吸いつけられるようにアリューシャの胸元に張り突き、次第に小さくなっていった。完全に消滅すると、アリューシャが首を動かし、微かに目を開いた。
「アリューシャ姫!」
「ここは……」
声は掠れていたものの、セラははっきりと聞いた。アリューシャがしゃべったのだ。同時にアリューシャ自身が驚きのあまり大きく目を見開いている。
「わたくし……しゃべって、いる」
「アリューシャ姫」
セラの呼びかけにアリューシャが驚いたような顔になった。
「あなた、は?」
「私はセラ・リヤード。フレイリス・カティリアに声をかけられて姫の救出に参りました」
「剣士様の……ありがとうございます。それで、剣士様はどちらに?」
「彼女は今、敵と戦っています。それよりアリューシャ姫、あなたを攫ったのはこの女性ですか?」
アリューシャはセラの指さす先を見てヒッと悲鳴を上げた。そしてセラも「あっ」と声を出した。不思議なことに、あれほど流されていた涙の痕跡がない上、ティーネスの目も閉じられているのだ。
「……この方は半年前に現れ、声を奪った人です。ですが、わたくしを攫った人とは違います。わたくしをここに連れてきたのは、炎のような赤い髪をした女性でした」
「大魔導士のカーヒルですね。今、フレイリスが戦っている敵です。わかりました。では、姫、行きましょう」
「剣士様のところへ、ですか?」
「剣士? いいえ、ここを出るのです。ラシャリーヤから」
「剣士様を置いて? 見捨てるのですか?」
声に棘があった。アリューシャの反応にセラは驚きを隠せなかった。助けに来てくれた者を案じるのはわかるが、アリューシャはジェシル王の娘で、この国の王女だ。そしてフレイリスやセラはジェシル王に雇われた身だ。それが身分というものなのだが。
「いいえ、見捨てません。ですが、まずは姫の身を救うことが最優先です。あなたを助け出してから、再びここに戻り、フレイリスと合流します」
「ならばわたくしも参ります」
「なにを――」
「あなたが行き来している間に、剣士様に大事があってはいけません。わたくしを連れ出したあとにラシャリーヤへの道が閉ざされてしまっては助けに戻れないでしょう?」
「……ですが」
「それに、腕利きの剣士と魔導士が揃っている状況のほうが、安全の確立は上がるはずです」
言っていることは正論なのだが。
「月が陰ると出られなくなります。魔導士セラ、迷っている時間はありません」
アリューシャの強い意志の瞳にセラは息を呑み、それからなぜ彼女が狙われたのかわかった気がした。
(この方は、王の気質をお持ちのようだ。カーヒルはティーネスと重ね合わせたのか)
視界の端で首だけのティーネスを流し見、セラは一人納得した。そして強くうなずいた。
「わかりました。共に参りましょう」
「カイオスの剣士のもとへ」




