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2話

 一方、フレイリス・カティリアの前に座っている男の名は、セラ・リヤード。


 青みがかった長い銀髪をうなじで一束ねにしている。瞳は緑。左肩に杖を立て掛けているが、その杖の先にはいぶし銀で作られた竜が据えられている。


 透けるように白い肌に整った顔立ちをしているが、どこからどう見ても男のかんばせだ。


「それから」


 と、セラが続けた。


「カイオスの戒律は厳しいはずなんですが、酒はご法度ではなかったですか?」

「こんな辺境にまで追いかけてきて、本部にチクる酔狂はいないよ」

「そうですね。ですが、天才に嫉妬している花たちは存外多いですからね。気をつけるに越したことはないと思いますが」


 フレイリスは、ふーん、と言って麦酒を呷った。そして豪快に腕で口元をぬぐう。


「このあたしのどこが天才なのかな。よくわかんないけど」

「あなたは天才ですよ。この私がそう言うのだから、間違いない」


 エメラルドの瞳がまっすぐフレイリスを捉える。二人の視線が絡まり、一瞬なんとも言えない不穏なものが流れた。フレイリスはゆっくりと深紅の瞳を宿屋の食堂に巡らせた。


「そうかねぇ」

「ええ。で、その天才様が私になんの用ですか?」


 ここに落ち合って約一時間。ようやく本題入りとなった。フレイリスはちょっとばかり目を眇め、それからため息をついて話し始めた。


「ジェシル王に呼ばれたんだ。のこのこついて行ったのが間違いだった」

「ついて、行った?」

「そ。仕事の依頼だと言うからさ。あ、言いに来たのは、もちろん王の従者だけど」

「なぜです?」

「なぜ? なぜとは?」

「浄化執行人はカイオス本部からの指示で動く存在です。お呼びがかかったからとて、勝手な判断で仕事の依頼など受けてはならないはずです」


 声音が真剣だ。それでもフレイリスはジョッキを銜えて麦酒をチビチビと喉に流している。


「規定違反ではないのですか?」

「かもね~」


 はあ、という多分に呆れが含まれたため息がセラの口から漏れ、フレイリスがチラリと視線を動かす。


「あなたはカイオスの厳しい掟を誰よりも知っているはずです。そんなことをしたらどんなお咎めがあるか、わかっているでしょうに」

「主上に買われているから大丈夫だよ」

「…………」

「ホントだって。本部の連中には嫌われてるけど、主上には好かれている。もちろん腕前が、だけど。ちょっとくらいのおいたは許されるさ」


 セラは無言であったが、ほんのわずか首を動かした。傾げたのだ。それにフレイリスが「ホントだってば」と同じ言葉を繰り返す。だが、間もなく表情が変わった。


 フレイリスはジョッキをテーブルに置くと、身を乗り出し、セラに顔を近づけた。そして声を殺して続ける。


「あんたは単なる流れ者の魔導士のはずだ。そういう半端な連中に、カイオスは冷たい。内部情報が流れないためにね。なのに、ずいぶん詳しいよねぇ」


 怪しい流し目。口調にも棘がある。


「そうですね。あなたが斎主から、秘匿任務を受けていることを知っている程度には詳しいですね」


 フレイリスは大きく身を引き、椅子にもたれかかった。


「セラ、あたしはあんたを見込んでるけど、気をつけないと狩られるよ? 危険人物として」


 セラはフレイリスの言葉を聞いて、ふっと笑った。それを無視してフレイリスはさらに続ける。


「表向きカイオスは母神ユノーを崇める宗教組織だ。けど、実際は究極の魔導集団。魔道と集団の間に〝暗殺〟って言葉が入る。主上がどういう基準で仕事を決めるのかは知らないけど、あたしら下っ端は命令通り仕事をこなすだけだ」

「世のために」


 フレイリスは驚いて目を大きく見開いた。だが次の瞬間には、ニヒルにニヤリと笑った。


「そう、世のため人のために」

「麗しい斎主のために」

「あたしらは麗しい主上のために働くのさ。命を懸けてね」


 言いつつ、フレイリスは胸元に光るペンダントトップをそっと掴んだ。


「そういうわけで、あたしが秘匿任務に就いていることを知ってる、身元怪しい魔導士様、ちょっとしたミスのために面倒に巻き込まれたあたしを助けてほしいんだ。いいだろ? もちろん、成功した暁には、報酬は弾むからさ」

「わかりました。聞きましょう。あ、でも、その前に一つ質問です。のこのこついて行った理由ですが、使者は女性だったのですか?」


 するとフレイリスは、えへへっといたずらをした子どものような反応をした。


「ジェシル王の一等若い側妃でね。頼むから我々の願いを聞いてほしい、なーんて言って泣くもンだから、ついつい乗っちゃったんだよねぇ。か弱き乙女の味方だから、我々カイオスの剣士は」


 セラの口から盛大なため息が出た。


「恐ろしき無情な浄化執行人がなにを。で、その話というのが、魔道域だったというわけですか」

「大正解」

「ジェシル王の一番若い側妃はアーシェ夫人です。娘は相当な歌姫とのことですが、急に歌をやめてしまったと聞きます。噂では声を失ったというものですが」


 フレイリスが運ばれてきた麦酒を口につける。その際、深紅の瞳がチラリとセラに向けられたものの、すぐにテーブルの上に並んでいる料理に落ちた。


「本当に詳しいねぇ。地獄耳だ」


 言いつつ、揚げられたポテトを口に放り込む。


「お褒めに預かり光栄。会ったのですか? 麗しき歌姫に」

「まぁね。とっても可愛らしい乙女だったよ。とってもね」


 声のトーンが少し下がった。それに気づかぬセラではない。キラリと鋭い視線を向けられたフレイリスは肩をすくめてから、クロケットに手を伸ばし、また口の中に放り込む。


「依頼の内容は、奪われた声を取り返してほしい、だった」

「奪われた」

「そ」

「頭から魔道域の話なのに、あなたに声がかかった理由は?」

「王たちは王宮内にいると思っているようでね。魔導士を雇った不届き者が。悪意に満ちている、だからカイオスの浄化執行人なら、すぐに見つけられるだろう、ってね。無茶苦茶だよ」

「できるんじゃないのですか?」


 その言葉にフレイリスが片側の肩を持ち上げる。


「まさか私にやれと言うんじゃないでしょうね」


「半分をね、頼みたい。化け物が出た時、ちょっと手を貸してくれるだけでいいんだ。浄化執行人って言ったって実際に斬るのは人間で、魔導士には太刀打ちできないよ。あたしに魔法や魔術は使えなし、魔物を操る力もない。使うのは単なるインチキな手品程度だ。でも、可哀相な乙女を見捨てることはできない。我らは主上と、主上に力を与えたもう母神ユノーの戦士で、乙女の味方だからね」


 セラは冷めた目をまっすぐ向けてきた。


「その仕事、高くつきますよ?」


 それを聞くと、フレイリスはニタッと笑ったのだった。




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