12話
(蜘蛛!)
ものすごい数だ。
(妖魔類――あたしじゃ太刀打ちできない)
思うが早いかフレイリスは剣を鞘に戻すと、セラの太ももあたりを抱きかかえて持ち上げ、駆け出した。
「セラ、なんとかしろ!」
『来たれ、冥界の精霊!』
二人の声が重なった。フレイリスの考えなどセラは理解の上だし、それを考えるまでもなくやるべきことに集中している。セラが掲げる杖先の竜眼が金色に煌く。しかしながらすぐにその輝きは収まってしまった。
「あっ」
「どうした!? あ、うわっ」
体がふわりと浮いたかと思ったら、床に叩きつけられていた。フレイリスはすぐに起き上がったが、セラは倒れ込んだままだ。打ち所が悪く気を失ったか、魔法が消えた時になんらかの衝撃を受けたのか。
(ダメだ、間に合わない――ちっ)
胸中で舌打ちし、フレイリスは腰の巾着を取って蜘蛛の集団の中に投げつけた。
『焼き払え!』
フレイリスの言葉に呼応して巾着がカッと光り、猛烈な炎を噴き出して蜘蛛を呑み込む。蜘蛛に火が燃え移って炎の壁ができ、後続たちも焼き散らしていく。それでも一部の蜘蛛は炎の壁を越えてフレイリスに飛びかかってきた。
「キショいんだよ」
ちっと吐き捨て、蜘蛛を斬る。体長十センチほどの体が真っ二つになり、息絶えたところで煙のようなものを発して消えていった。
「あ、いけた。あぁ、そうか、セラの」
剣に護符を刻んでくれた。それが反応したのだ。
ようやく蜘蛛の集団がいなくなったのを見てからフレイリスは倒れているセラを抱き起こした。
「セラ! しっかりしろ! セラ!」
意識がない。揺り動かしても目覚める様子はなかった。
その時、セラの意識は別のところにあった。暗く、冷たい場所に。
(ここは……)
――セラファス。
どこかで誰かが呼んでいる。
――セラファス、聞いているのかい? セラファス。
聞き覚えのある声だ。
――なにを怒っているのだい? いや、違うか。なにをそんなに恐れているんだ。まったくお前はおかしな子だねぇ。
(これは……)
ふっと風を感じたら目の前に光が差して、人が現れた。セラの腰あたりの背たけ。乱れて汚れた髪、ぼろのような服を着た子どもが立っている。セラのよく知る子どもだった。
(私だ。まだ完全ではなかった姿)
まっすぐ見つめる瞳は普通ではない。爬虫類のようなそれである。
――セラファス、ねぇセラファス。無理だよ。まともに生きられやしないんだからさ。お前は魔導士になって妖魔類いを相手にしてりゃいいんだから。無理だよ。だってお前の父親は。
子どもの、動いていない口から音が聞こえる。自分の声ではないその〝音〟に、セラは激しい嫌悪を抱いた。
(黙れ! お前の言葉など聞きたくもないっ)
――聞いているのかい? お前の父は……だから、お前には無理なんだ。あきらめるんだ。
(やめろ! それを言うな!)
――可愛い私のセラファス。この世の中でお前を可愛がるのは私しかいないだろうけど、挫けてはいけないよ。お前は……だけれど、心の優しい子だから、私を許してくれるよね?
(それはお前が言うべき言葉ではないだろう!)
――父さんを恨むんじゃないよ。私を食った父さんを恨んではいけないよ。ああ、目がかすんできた。セラファス、一緒に死んでくれるだろう? 私のセラファス。
(誰がお前となど逝くものか。私の命は私のものだ。道づれになど――?)
どこからか、衝撃がさく裂してセラの意識がそちらに向いた。続けて、二打、三打と襲ってくる。痛みを自覚した時、セラが目を開いた。
「痛いじゃないですか!」
「おっ」
ジンジンしている頬を押さえてセラがフレイリスをギッと睨んだ。
「死んだかと思ってさ」
「心臓が動いているんだから生きてますよ!」
「そか。だったら進もう。あたしたちの時間は限られてる」
フレイリスの返事にセラがハッとしたような顔をする。
「……そうですね。おっしゃる通りです。あ、あの蜘蛛はどうしました?」
立ち上がったフレイリスは親指を立て、肩越しに後方を示した。
「焼いたよ。ぱぁっと燃やしてやった。あんまり消費したくないけど仕方なし、だったんでね」
「あなたが?」
「ああ。カイオスの掃除アイテムでね」
「…………」
「あたしには魔法は使えないけど、主上が力を貸してくれる。でも、きっとここではそれでは足りない。だからあんたを連れてきた。頼りにしてるんだからさ、頼むよ」
バチリとウインクを決めると、フレイリスはまだ床に座り込んでいるセラを無視して歩き出した。それをセラが慌てて追う。
二人は早足で進み、広いホールにやってきた。ここで舞踏会や晩餐会が行われたのだろう。床の中央には細かな銀色の輝きを抱くラピスラズリで作られた模様があり、キラキラと煌いている。さらにその中央には氷の女神クレイシャの文様が刻まれている。
対して頭上はガラス張りのドーム天井になっていて、夜空と月が見える。また、天井近くの壁には大きな窓がいくつも並んでいる。古代にこれだけのガラスを作って並べるなど、繁栄は如何ほどだったのだろう。
四方の壁からはそれぞれ遥か天井まで続く螺旋の階段が造られている。四本の階段はそれぞれ角度や向きが異なり、交わる場所は踊り場になっている。まるで壁に絡まる蔦のような印象だ。
二人はその中の一本を選んでのぼり始めた。
「遠いな」
最上階まで何段あるのか。
「あたしはいいけど、セラはきついかな」
「見くびらないでいただきたい」
「そう?」
延々と続く階段を黙々とのぼる。高い場所に行けば行くほど、大きな窓から夜空の星が見え、銀色に輝く月に近づく。




