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11話

 面前に石畳の街が広がっていた。だが、至る所が破壊されて焼け焦げている。


「伝説の魔都、氷下に没した水晶の街。銀色の望月の夜、異空間との座標が重なって蘇る。この場所になにかを築いても、ラシャリーヤの出現によってすべて圧し潰されてしまう。だからこの国の王は、この地に触れることを禁じた。それにしても……本当に、突然、一瞬で氷下に没したのですね」


 セラが言う通りだ。石造りの街には大勢の人間がいた。慌てふためいて逃げ惑っているような感じだが、固まっていて誰も動かない。凍てついている。


「薄ら寒いが……凍るほど寒くないねぇ」

「神の怒りによる魔法であって、気温が下がって凍ったわけではありませんからね。それにしても……」


 セラが周囲を見渡す。


「ラシャリーヤは魔都の異名とは別に、水晶の都とも呼ばれていました。確かに至る所に水晶が使われています。それも色とりどり、惜しげもなく。住人たちが身につけている宝石類もすべて水晶です」


「なんかヤな感じだけどね。禍々しいっての?」


「そりゃあそうでしょう。神の怒りを買って封じられ、何千年と異空間を彷徨っているのですから。呪い以外にもいろいろ積み重なっていることでしょう。とにかく、城に行きましょう。アリューシャ姫はおそらくそこでしょうから」


 セラが杖の先で正面奥にそびえる煌めく城を指した。


「城のどこにいるか、その目安はついてるのかい?」

「最上階に『女王の秘匿の間』があります。そこではないかと睨んでいます。『女王の秘匿の間』は魔都と呼ばれたラシャリーヤの、魔力発動の核心部ですから」

「ふーん。魔導士様はなかなか物知りだねぇ」


 二人は優美な城を目指して歩き始めた。


「雪?」


 キラキラと輝くなにかが降ってきた。


「いえ、見えるだけで物質ではありません」

「正体は?」

「ですから、あれですって」


 セラが杖で天上を差す。銀色の満月が輝いている。


「……さっきより一回り大きくなったような気がする」


「気がするんじゃなく、本当に大きくなっているのです。魔力に満ちているから。ラシャリーヤが蘇るのはあの月がある間だけです。閉じ込められたら大変です。急ぎましょう」


 足を急がせる。ようやく城門まで来るが、当然、門番である衛兵たちも凍りついているので動くことはない。フレイリスが衛兵をじっと見つめながら進むものだからセラが口を開いた。


「女王以外は動かないですよ」

「わかってるよ。でもさ、その女王だって、誰かの力で動けてるんだろう?」

「おそらく」

「恐るるに足りぬってとこじゃないの?」

「……それはどうでしょうね」


 セラはすっとフレイリスから視線を逸らした。不同意のようだ。フレイリスの整った麗しい顔に苦笑が浮かぶ。


 広い王宮庭園を横目に二人はズカズカと進んだ。凍てついた街、凍てついた城。白い冷気が渦巻いている。そして二人の足に絡みつくようにまとわりついた。


 城門からエントランスまで続く大理石のアプローチを進み、高く重厚な扉が開いているエントランスへやってきた。両サイドには槍を持った衛兵がいるが、こちらも同様に凍りついている。二人はそのまま城の中へと足を踏み入れた。


 フレイリスがきょろきょろと周囲を見渡しながら歩く。街は凍てついているとはいえ、逃げ惑った人であふれ返っていた。それなのに城内には誰もいない。警備の衛兵すら。


 コツコツコツと二人の足音が響く。静かな城内を歩き続ける。テラス窓の外には漆黒の夜空と銀色に煌く月が見える。フレイリスは首を二度、三度振ると、もう見たくないと言いたげにセラに顔を向けた。


「最上階だと思います。人の気配を感じます」

「なんだ。目的にまっすぐだったわけだ」

「てっきり迷っていると?」

「いやいや、そんな。ご冗談を」


 はははっと笑ってごまかすが、それからハッとしたように息をのみ、両眼を見開いた。


(なにか、来る)


 長剣を構える。セラが名を呼んでいるけれど、無視した。


 だが。


「!」


 前方、右に曲がれる廊下から黒いなにかが飛び出した。まるで激流が押し寄せてきたかのような情景だが、それは水ではなかった。さらにスピードが上がり、先頭が飛び上がった。



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