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1話

――水晶の魔都を滅ぼせり


 朝から雨が降り続け、宿屋は酒を呷る男たちの活気でムンムンしている。傭兵たちがひしめく街の宿屋ではどこも同じ光景で、雨の日は彼らの極楽な仕事意欲が薄れ、酒と女を確保して騒ぎ立てるのが常であった。


 そんな宿屋の一角。珍しく女が椅子を埋めている。とはいえ、容姿から〝女〟と言えるだけで、身につけている衣装と首からさげているペンダント、そして腰にある長剣を見て、声をかける男は一人もいない。むしろ煙たそうなまなざしを向けているくらいだ。その証拠に、ひそひそと女のことを話している者たちがいる。


 あるテーブルでは、


「あのペンダント、カイオスの紋章だよな? だったらアレが噂の〝花の浄化執行人〟か」

「ああ、剣を見ろ。鍔だ。リコリスを象っている。所属はリコリスってわけだ」

「リコリスって言ったら死に花のことだろ。特に縁起が悪いじゃねーか。こんなところでかち合うとは」

「そんなことはねぇだろ。カイオスの剣士はターゲット以外、手は出さねぇって聞くし」


 また別にテーブルでは、


「〝花の浄化執行人〟ってのは、どいつもこいつも死神みたいな連中だって言うが、顔は格別にいいって噂は真実だったんだな」

「いくら顔がよくってもおめぇ、関わってあの世行きなんざごめんだ。よりにもよって、雨の日にカイオスの剣士と同じ屋根の下で飲むなんてなぁ」

「酒がマズくなるってか? それは脛に傷のあるモンだけだろうよ。俺は平気だ」

「よく言うぜ。心臓の音が聞こえてるっての」


 さらに他のテーブルでは、


「連れは弟子かな。えらくツラがいいが」

「カイオスの剣士となら、男のほうがマシってか? ははは、やめとけ。一刀両断されちまう」

「魔導士を連れた〝花の浄化執行人〟なんてなぁ。怖い怖い」


 こんな感じで囁かれている。彼らの注目を一身に受けている女剣士は、まったく気にした様子もなくジョッキの麦酒を喉に流し込んで追加を注文した。


「今日は機嫌がいいみたいですね」


 連れの男が不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「魔導士殿の嫌味は堂に入っていらっしゃる」

「それは心外です。嫌味などと。本当に機嫌がよく見えますので」

「あんたに頼らないといけない自分に、限りなくムカついてるってのに」


 女剣士の名はフレイリス・カティリア。見た目は二十代半ばほどの年齢だ。瘦身だが、腕や太ももにはしなやかな筋肉がしっかりついている。


 赤みがかった豪華な金髪を三つ編みにし、瞳は深紅、薄めの唇にルージュはないが血行がいいのか赤みが強い。


 白いマントに身を包み、胸元には交差する三本の槍に銀の蛇が絡みついているペンダントトップが揺れている。そのペンダントトップとチェーンのつなぎ目には小さな丸い水晶玉がついている。〝カイオスの天秤珠〟と呼ばれる透明の水晶玉だ。


 漆黒の甲冑に、腰には長剣。長剣の柄は赤く、鍔はリコリスが象られている。


 この交差する三本の槍に銀の蛇が巻きついている紋章は、カイオスと呼ばれる特殊な宗教組織のものだ。母なる女神ユノーを崇め、女性斎主が御している。敬虔な信者たちが厳かにトップに傅く集団であるが、それは表向き。実態は審判を受けた罪人を処する死刑執行の暗殺集団である。


 だが、その審判というのが曲者で、単純に罪を犯したというのではなく、カイオスが用いる特殊な〝天秤〟によって心が悪域に傾き、その度合いが危険域に達した者を処するというのだからたちが悪い。


 斎主を筆頭に組織の幹部たちには〝心の傾き〟がわかると言うのだが、誰にも見えないのだから単なる殺人集団であろうに、諸国の権力者が存在を認めているので誰もなにも言えないというものだった。おそらく強弱問わずつながっているものと思われる。


 カイオスを束ねるのは〝斎主〟と呼ばれる女性君主だが、表に出ることがないので誰もその姿を見たことはない。そしてこの女剣士のような実行部隊を〝浄化執行人〟と呼んでいる。彼らは各花にグルーピングされており、その花のシンボルマークを身につけている。よって世間の者たちからは〝花の浄化執行人〟と呼ばれ、恐れられていた。


 カイオスでは、養えないと親に捨てられた子どもや、手がかかるようになった老人、病人を引き取っている。門を叩く者をけっして追い返してはならない、というのが理念であり戒律であった。弱者にとってはありがたい存在だが、ひとたび戒を破った者には容赦がない。



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