「最終章・第二部:双つの命、王の覚悟④」
第四話:砂漠の援軍
都での危機が去った一方で、北の戦場は、地獄と化していた。
降りしきる冷たい雨が、泥と血にまみれた大地を叩く。
朱華の率いる璃州国軍は、数で勝る北方蛮族の猛攻の前に、じりじりと後退を余儀なくされていた。
「殿下!もはや、ここまでです!一度、退却のご決断を!」
側近が、悲痛な声を上げる。
だが、朱華は、血に濡れた剣を握りしめ、首を横に振った。
「ここで退けば、都まで一直線に攻め込まれる。…俺が、この国の最後の壁だ」
彼の脳裏に、都で自分を待つ、愛しい妻と、まだ見ぬ我が子たちの顔が浮かぶ。
(雪藍…そして、まだ見ぬ我が子らよ…!お前たちをこの腕に抱くまでは、死んでも死にきれぬ…!)
彼は、自ら先陣に立ち、鬼神の如く剣を振るう。しかし、兵たちの疲労は、もはや限界だった。
敵の、新たな大軍が、鬨の声を上げながら、丘の向こうから姿を現す。
誰もが、死を覚悟した、その時だった。
ゴオオオオオッ!
地平線の彼方から、それまでとは全く異質の、地響きのような音が聞こえてきた。
それは、北の蛮族の角笛ではない。もっと高く、もっと勇壮な、砂漠の民が吹く、戦の法螺貝の音だった。
「な、なんだ!?」
「敵の、別働隊か…!?」
璃州国の兵たちが絶望に顔を歪める。
だが、朱華だけは、その音の正体に気づいていた。
彼は、信じられないというように、西の空を見上げた。
地平線の彼方から、砂塵を巻き上げ、無数の騎馬軍団が、陽炎のように現れる。
先頭に立つのは、砂漠の太陽を反射する黄金の鎧を纏い、月光のような銀髪をなびかせる、一人の王。
――カイ王子だった。
「者共、続け!我が友の窮地を救うぞ!」
カイの号令と共に、砂漠の騎馬軍団は、まるで灼熱の嵐のように、蛮族の軍勢の側面に突撃した。
その圧倒的な速さと破壊力の前に、蛮族の陣形は、いとも容易く崩れ去っていく。
「…カイ…!」
朱華は、唇を噛み締め、天に感謝した。
「全軍、反撃せよ!友軍に続け!」
朱華の号令に、絶望の淵にいた璃州国の兵士たちの士気が、一気に燃え上がる。
二つの国の軍勢は、見事な連携で、蛮族を一人、また一人と討ち取っていった。
やがて、戦いが終わった時。
血と泥にまみれた戦場で、二人の王は、再び向き合った。
「カイ…。なぜ、ここに…」
朱華の問いに、カイは、太陽のような笑顔で、力強く答えた。
「友との誓いは、砂漠の民にとって何よりも重い!」
彼は、朱華の肩を強く叩く。
「…礼を言う、友よ」
「礼には及ばぬ。だが、この借りは、いつか、生まれてくるお前の双つの光に、我が国の最高の馬をそれぞれ贈ることで、返してもらうぞ」
二人は、顔を見合わせ、声高に笑った。
朱華は、東の空を見上げた。都のある方角だ。
(…雪藍。待っていてくれ。…もうすぐ、帰れる)
その手には、勝利を掴んだ王の剣と、愛する家族への、温かい誓いが、固く握りしめられていた。




