「ただ一つの月」
章1:涙の告白
宴が終わり、各々が部屋に戻る。
朱華と雪藍の私室は、月光が差し込む、静かな空間だった。しかし、雪藍の心は、宴の喧騒とは違う、別のさざめきに揺れていた。
朱華は、そんな彼女の心の翳りに、とうに気づいていた。
「…雪藍」
彼は、窓辺に立ち、一人沈む雪藍の肩を、優しく抱いた。
「カイの言葉を、気にしているのか。『妃は一人か』という…」
その優しい声が、かえって彼女の心の堰を切った。雪藍の瞳から、堪えていた涙が一筋、こぼれ落ちる。
「…申し訳、ございません…」
彼女は、涙ながらに告白した。
「…分かっているのです。朱華様が、どれほど私を愛してくださっているか。けれど…カイ様と、五人の妃の皆様の、あの幸せそうなご様子を拝見して…そして、皇太子として、世継ぎを残すという、あなた様の大きなお役目を思えば…私一人で、本当によろしいのかと…怖く、なりました…」
その、あまりに健気で、自分を責めるような告白に、朱華の胸は締め付けられる。
彼は、雪藍の身体を自分の方へと向き直らせると、その涙を、そっと指で拭った。
「…顔を上げろ、雪藍」
章2:ただ一つの月、ただ一つの愛
朱華は、雪藍の潤んだ瑠璃色の瞳を、まっすぐに見つめた。
「良いか、雪藍。カイのやり方も、一つの王の形だ。多くの妃を愛し、国を繁栄させる。それも、見事な生き方だろう。だが、俺は違う」
彼の声は、どこまでも真剣だった。
「俺は、生涯、ただ一つの月だけを愛でて生きたい。曇りのない、完璧な月を、この腕だけに抱いていたいのだ。…他の星には、興味がない」
その、あまりに熱烈な言葉に、雪藍は息を呑む。
「…分かぬか?ならば、今夜は嫌というほど、その身体に愛を刻む。この朱華の世界には、月はただ一つしか昇らぬということをな」
彼の黒曜石の瞳が、熱い独占欲の炎に燃えていた。
二人の唇が、激しく重なり合う。その夜の閨事は、彼女の不安をすべて消し去るための、絶対的な愛の証明の儀式だった。
彼は、彼女の身体の隅々まで、自分の愛を刻みつけていく。
「…雪藍。世継ぎの心配などするな。俺がお前と作る子以外、この国の玉座に座らせる気はない。たとえ、天がお許しにならず、我ら二人の間に子が生まれずとも、俺は、それでもお前だけがいればいい。血の繋がりよりも、お前との魂の繋がりこそが、俺の世継ぎだ」
その、皇太子としてありえないほどの究極の愛の言葉に、雪藍は、もはや涙なしではいられなかった。
その言葉と共に、二人の身体は、幾度となく、一つに溶け合った。
章3:それぞれの夜、それぞれの誓い
その頃、凛と碧葉は、宮殿の屋上から、砂漠の星空を眺めていた。
「…姉上と兄上を見ていると、思う。愛とは、ただ甘いだけではないのだな。守り、支え合う覚悟のことだ」
凛が、静かに呟く。碧葉は、その大人びた横顔に、静かな愛おしさを感じていた。
一方、葵と菫は、二人で夜の市場へと繰り出していた。
「わー!見てください、菫!この香辛料、すごい香りです!」
葵は「朱華様のように、一人の女性をあんな風に愛せる殿方、どこかにいないかしら…」と大きなため息をつき、菫は「きっと、おりますわ。私たちも、雪藍様のように、心を磨かねばなりませんね」と微笑んだ。
二人は、珍しい食物を楽しみ、異国の香水や装飾品を買い求め、心ゆくまで異国の夜を楽しんだ。その手には、それぞれの想い人への、ささやかな土産が握られているのを、互いに気づかぬふりをしながら。
こうして、砂漠の国の夜は、それぞれの場所で、それぞれの愛を育みながら、静かに更けていった。




