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「砂漠の国の祝宴」

章1:再び、西域へ


その日、静月殿を訪れたのは、西域の意匠が施された、見事な装束の使者だった。

彼がうやうやしく差し出したのは、砂漠の国の王、カイ王子からの親書。雪藍がその手紙を読み上げると、そこには流麗な文字で、感謝と、祝宴への招待がつづられていた。


「雪藍殿と朱華殿の香のおかげで、我が国の『眠り病』は完全に終息した。つきましては、改めて感謝の宴を催したく、ぜひ我が国へお越しいただきたい」


「まあ、嬉しいお便りですわね。カイ様も、お元気そうで…」


雪藍が嬉しそうに微笑むと、隣で聞いていた朱華が、少しだけ不機嫌そうに、小声で呟いた。


「…ふん。まだ我が妃を諦めておらぬのか、あの男は。『感謝の宴』とは、良い口実だ」


「まあ、朱華様。やきもちですか?」


「違う!…ただ、お前を他の男に会わせるのが、面白くないだけだ…」


その子供っぽい独占欲に、雪藍はくすくすと笑みを漏らした。


朱華は凛を呼び、「お前も来るか?」と尋ねる。

凛は「他国の流儀を見ておくのも、兄上の『影』としての務めです」と、静かに、しかし力強く答えた。

それを見た雪藍は、碧葉に優しく声をかける。


「凛が行くのなら、碧葉も同行なさい。慣れない土地でしょうから、あなたがそばにいてあげて」


碧葉は「私などが、そのような…」と恐縮するが、

雪藍は「あなたは私の妹であり、大切な侍女の一人ですもの」と、その背中を押した。


さらに、雪藍は葵と菫にも「あなたたちも、一緒に行きましょう。異国の文化は、きっと良い経験になりますわ」と伝え、二人は「はい、雪藍様!」と大喜びで準備を始めたのだった。


章2:太陽の王と、五人の月


長い旅路の果てに、一行は再び、あの熱砂の都へとたどり着いた。

宮殿の前で彼らを待ち受けていたのは、以前よりもさらに王の威厳を増したカイ王子と――その後ろに控える、五人の美しい妃たち、そして、その足元でじゃれ合う、八人もの王子と王女たちだった。


「ようこそ、我が友、朱華殿!そして、我が国の女神、雪藍殿!」


カイは、太陽のような笑顔で朱華と固い握手を交わした。

朱華が、驚いたようにカイの妃たちと子供たちを見つめる。


「カイ…これは、まさか全員が、お前の妃と子か?」

「そうだ。皆、私の愛する妃であり、可愛い子供達だ」


カイはそう言うと、一番近くにいた、穏やかで聡明そうな妃を朱華たちに紹介した。


「こちらは、私の正妃、サラだ」


正妃サラは、優雅に一礼すると、雪藍に向かって微笑んだ。


「雪藍様。お噂は、かねがね伺っておりました。

夫が、そしてこの国が、大変お世話になりました」


その物腰は、どこまでも柔らかく、雪藍はすぐに彼女に親しみを覚えた。


カイは、不思議そうに朱華に尋ねる。


「朱華殿は、妃は雪藍殿お一人か?皇太子であるのに、妃が一人とは珍しいな…他に妃は娶らぬのか?」


その言葉に、雪藍の顔が、ほんの少しだけ曇る。

確かに、皇太子の妃が一人というのは、異例のことだった。だが、朱華はそんな雪藍の肩を、ぐっと力強く抱き寄せた。


「俺の妃は、この雪藍だけで良い。他の者は、目にも入らぬからな」


その、世界中の誰にでもなく、ただ雪藍一人にだけ向けられた、絶対的な愛の言葉。雪藍の目には、薄っすらと涙が滲んだ。


朱華の言葉に、カイは驚き、そして興味深そうに目を細めた。隣にいた正妃のサラは、羨望と、そして「この方なら、確かに…」という納得の入り混じった、複雑で温かい眼差しを雪藍に向けた。異国の王妃にさえ、二人の絆の絶対性が伝わった瞬間だった。


章3:祝宴と、二つの贈り物


その夜、歓迎の宴が盛大に催された。

運ばれてくる料理はどれも、スパイスがよく効いた、食欲をそそるものばかり。

雪藍は辛いものが得意なのか、「美味しいですわ」と、にこやかに箸を進めている。

一方、朱華は「うまい…!だが、からい…!」と、顔から汗を流しながらも、必死に食べていた。


凛と碧葉の席では、二人の世界が繰り広げられていた。


「碧葉、辛くはないか?無理はするな」

「若君こそ、お水はいかがですか?」


互いを気遣い合うその姿は、初々しい恋人そのものだった。


侍女の二人は、異国の料理に大興奮。

葵は「からーい!でも、美味しいです!なんだか癖になりますわ!」と、涙目で水を飲み干している。

菫は涼しい顔で、「この香辛料の配合、見事ですわね…」と、香女のような感想を漏らしていた。


宴が少し進むと、正妃のサラが、雪藍の隣にそっと座り、優しく語りかけた。


「驚かれましたでしょう。我が国では、王が多くの妃を持つことは、国の豊かさと繁栄の証。一人一人を、それぞれの形で、深く愛しておりますのよ」


そして、朱華と雪藍を見つめながら、続ける。


「ですが、殿下がただ一人の女性を、あれほど深く愛されるお気持ち…わたくしには、とても尊く、美しく見えます。カイも、羨ましがっておりましたわ」


その言葉に、雪藍は胸の奥が温かくなるのを感じた。


やがて、宴の余興として、踊り子たちの一糸乱れぬ舞が始まった。

舞が終わった後、正妃のサラが、感嘆のため息をつきながら、雪藍に向かって優雅に語りかけた。


「雪藍様。貴国で披露されたという『鳳凰舞』は、まるで天女様が舞い降りたかのようだったと、聞き及んでおります。…もし、ご迷惑でなければ、この砂漠の国の者たちにも、その天女の舞を、一度拝見させてはいただけませんでしょうか」


そのサラの言葉をきっかけに、カイ王子や他の妃たちも「ぜひ!」「見たい!」と一斉に声を上げる。

その熱烈な声に戸惑う雪藍に、朱華が、「自分の妻を自慢したくてたまらない」という、得意げで、愛情に満ちた顔で囁きかけた。


「良い機会だ、雪藍。お前の舞で、この国の者すべてを、虜にしてやれ。お前が、この世で最も美しい天女なのだと、俺が証明してやる」


さらに、凛と侍女三人も、「雪藍様の舞は、皆を魅了します!」「ぜひ、ご披露くださいませ!」と、その背中を押す。


雪藍は、皆の温かい声に抗えず、舞を披露することになった。

彼女が、宴の中央で静かに舞い始めると、それまでの喧騒が嘘のように静まり返る。天女のように舞うそのあまりの美しさに、誰もが固まったように魅入っていた。舞が終わると、割れんばかりの盛大な拍手と賛辞が、広間に響き渡った。


カイは、感嘆のため息をつくと、冗談めかした口調で言った。


「いやはや、見事だ。…やはり雪藍殿を我が国に連れて帰り、六番目の妃として迎えたかったな」


その言葉に、他の妃たちが「まあ、陛下!私達ではごご不満だと仰せですか!」と一斉にたしなめ、広間は大きな笑いに包まれた。

冗談と分かっていても、朱華の口元が、少しだけ尖って拗ねているのを、雪藍は見逃さなかった。


宴が終わり、一行が自室に戻る前。カイは、朱華に向き直り、小さな革袋を差し出した。


「朱華殿。これは、我が国で最も貴重とされる『太陽の涙』という香料だ。どんな香りも引き立て、決してその香りを殺さぬという。…君の月(雪藍)の隣に立つ、太陽(朱華)である君にこそ、ふさわしい」


そして、雪藍には、小さな箱を渡す。


「そして雪藍殿には、改めて、敬意の証を。我が国でしか咲かぬ、月の花の押し花だ」


カイの粋な贈り物に、朱華は「…礼を言う」と短く、しかし確かに友情の籠もった声で応えた。

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