「衣装部屋の熱情、鏡の中の二人」
章1:鏡と瑠璃色の衣
数日後に迫った重要な儀式のため、雪藍は侍女たちと共に、静月殿の最も奥にある衣装部屋にいた。 そこは、壁一面に作り付けられた棚に、色とりどりの絹織物や、金糸銀糸で刺繍が施された豪華な装束が、息を潜めるようにして納められている、妃のためだけの特別な空間だった。
「雪藍様、お美しい…」
侍女たちが感嘆のため息を漏らす。 雪藍が身につけているのは、新しい儀式のために仕立てられた、特別な羅衣。 深い瑠璃色の地に、銀糸で月下美人が咲き乱れる様が描かれ、彼女の動きに合わせて、衣全体が月光を浴びた湖面のように、静かにきらめいていた。 それは、彼女の妃としての地位を示す、これまでにないほど豪華で、しかし体の線が美しく浮かび上がるような、少しだけ大胆なデザインだった。
「…少し、派手すぎないでしょうか」
雪藍が、大きな銅鏡に映る自分の姿を見て、不安げに呟く。
「いいえ、雪藍様。これ以上ないほど、お似合いですわ」
碧葉が、優しく微笑んで答えた。
その時、背後で静かに扉が開き、同じく儀式の衣装合わせのために朱華がやってきた。 彼は、鏡の前に立つ雪藍の、あまりの美しさに息を呑む。
「…下がってよい」
朱華の低い声に、侍女たちは顔を見合わせると、そっとお辞儀をして部屋を出ていった。
部屋には、無数の美しい衣と、大きな姿見、そして二人だけが残される。 朱華は、雪藍の背後に立つと、鏡の中で、二人の視線が絡み合った。
「…鏡の中のお前も、美しいな。だが、本物のお前は、もっと…」
彼の指先が、鏡越しに、彼女の肩のラインをそっと、なぞった。
朱華の唇が、雪藍のむき出しのうなじに、そっと寄せられる。鏡に映る彼女の肩が、びくりと可愛らしく跳ねた。
「しゅ、朱華様…」 「静かに。…鏡が、見ている」
彼は、鏡に映る彼女の表情――驚き、羞恥、そして、隠しきれない悦び――を、すべて見逃さない。 自分の肌に触れる彼の熱と、鏡に映る自分の蕩けた顔。その二重の感覚に、雪藍はこれまでにないほどの興奮と恥じらいを覚えた。
(鏡に映る私の顔が、熱くて見られない…!けれど、朱華様が、どんな瞳で私を見ていらっしゃるのかも、分かってしまう…!)
朱華は、鏡の中の「他の男たちに見られるであろう、美しい妃の姿」と、腕の中の「自分だけが知る、甘い吐息を漏らす女の姿」のギャップに、猛烈な独占欲を掻き立てられた。
「…こんな美しいお前を、明日の儀式で、他の男たちの前に晒すなど…許せるものか」
彼は、鏡の中の雪藍と視線を合わせたまま、その美しい装束の帯に、ゆっくりと指をかけていく。
「その前に、俺だけのものだと、もう一度、この鏡に焼き付けねばな」
その、熱を帯びた囁きが、今から始まる、甘く背徳的な時間の始まりを告げていた。
章2:鏡の中の情熱
朱華は、雪藍を寝台へは運ばない。 そのまま、彼女の背を、冷たく滑らかな大きな姿見に、そっと押し付けた。 背中に感じる鏡の冷たさと、正面から身体を重ねる朱華の熱さ。 その対比が、雪藍の感覚をさらに研ぎ澄ませる。 彼は雪藍を背後から抱きしめ、鏡に映る彼女の潤んだ瞳を、見つめながら囁いた。
「…いいか、雪藍。目を逸らすな。お前が、俺の腕の中で、どんな顔で蕩けていくのか…その美しい瞳で、しかと見届けろ」
彼の指が、はだけた衣の隙間から滑り込み、彼女の肌をなぞる。鏡の中の雪藍の肩が、快感に震えた。
「…見ろ。俺の指がお前の肌をなぞるだけで、お前の身体は正直に震える」
彼はそう囁くと、彼女の耳朶に甘く吸いついた。
「あ…っ!だめ…見られて…鏡の、中の私が…!みだらな顔を…して…っ!」
雪藍の悲鳴に近い声に、朱華の欲望はさらに燃え上がる。 彼は彼女の衣を完全に剥ぎ取ると、その白い背中に唇を這わせ、己の所有印を刻むかのように、甘い愛の痕をいくつも咲かせていく。 そして、鏡に映る、涙に濡れた瞳、朱に染まった頬、そして苦悶と快感に歪む、そのあまりに官能的な表情から、目を離すことができなかった。
「…雪藍…っ、その顔は…反則だ…っ!駄目だ、もう…!」
彼は低く呻くと、雪藍の身体をくるりと反転させ、鏡に向き合うように抱きしめた。 鏡には、熱く濡れた肌を重ね、互いを求める二人の姿が映し出される。 朱華は、雪藍の唇を深く塞ぎ、その熱を貪るように味わった。 それは言葉よりも雄弁に、互いの渇望を伝え、魂を溶かし合わせる口づけだった。 肌を重ね、互いの熱を分け合いながら、二人の身体は鏡の前で一つに結ばれる。鏡に映る自分たちの姿が、背徳感を煽り、快感を増幅させた。
事が終わった後も、二人は鏡に身体を預けたまま、互いの荒い息を感じ合う。 鏡の中には、熱く濡れた肌を重ね、蕩けきった表情の、一組の男女の姿が映っていた。 朱華は、雪藍の汗ばんだ髪を優しく梳くと、鏡に映る彼女の瞳を見つめた。
「…雪藍。鏡の中の自分を見て、どう思う」
その問いに、雪藍は恥ずかしそうに頬を染める。
「…私の、知らないわたくしが、おりました。…朱華様の愛に、蕩かされて、恥じらうことも忘れてしまった、女の顔が…」 「そうか」
朱華は、満足げに微笑むと、鏡に映る彼女の唇に、そっと口づけをした。
「ならば、覚えておけ。それこそが、俺だけが知る、お前の本当の姿だ。…そして、世界で一番、愛おしい顔だ」
その、あまりに甘い言葉に、雪藍の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「…ずるい、お方です。そんなことを言われたら、私、もう、あなた様なしでは生きられなくなってしまいます」 「それでいい」
朱華は、雪藍を優しく抱きしめ、その耳元で囁いた。
「俺も、もうお前なしでは生きられぬ。…生涯、この腕の中で、俺だけのために、その美しい顔で乱れてくれ」 「はい…」
雪藍は、彼の胸に顔を埋め、幸せを噛みしめるように、小さく、しかしはっきりと頷いた。 鏡の中の二人は、永遠の愛を誓い合った恋人たちのように、いつまでも美しく輝いていた。




