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「初めて繋ぐ手」

「たまには、四人で静かな場所を散策しませんか?」


その日の昼下がり、雪藍はそう提案した。

(りん)碧葉(へきよう)の、ぎこちなくも純粋な恋が、公のものとなってから数日が経っていた。その初々しい二人を、雪藍は姉として、そして主として、優しく見守っていた。

朱華は、雪藍のその意図を瞬時に察し、「良い考えだ。俺も退屈していたところだ」と、悪戯っぽく賛同する。


こうして、都の喧騒から離れた、美しい庭園での四人の散策が実現した。

前方を歩くのは、朱華と雪藍。朱華は、ごく自然に雪藍の腰に手を回したり、髪に付いた花びらを取ってやったりと、常に触れ合っている。楽しげに囁き合い、時折くすくすと笑い声が聞こえてくる。

完璧な二人だけの空間だった。


一方、その後方を歩く、凛と碧葉の間には、数歩分の気まずい距離と、ぎこちない沈黙が続いていた。


(…だめ。平常心を保つのよ、碧葉。お二人のご厚意は、本当に嬉しいけれど…。私は妃殿下にお仕えする身。凛様の隣を、恋人のように歩くなど、許されるはずがない…)


身分差を意識するあまり、碧葉は凛から無意識に距離を取ろうとしてしまう。

凛は、そんな彼女の心中を察し、その手を握りたいのに、どう切り出していいか分からない。何度も彼女の手に視線を落としては、固く拳を握りしめる。

前を歩く兄夫婦の親密な姿が、やけに眩しく見えた。


後方の気まずい空気に、朱華がわざとらしく大きなため息をついた。

彼は振り返ると、凛に聞こえよがしに言う。


「凛。女の手一つ、満足に握れん男が、姉を守れるとでも思うのか?お前の護衛は、その程度か?」

「なっ…!」


凛が、悔しそうに顔を赤らめる。


その朱華の意地悪な挑発に、雪藍が割って入った。


「朱華様」と夫を優しくたしなめると、彼女は碧葉の手をそっと引いて、自分の隣へと連れてくる。

そして、碧葉にだけ聞こえる声で囁いた。


「碧葉。あなたの気持ち、よく分かります。私も、ずっと同じでしたから。…でもね、隣に立つことを、怖がらないで。凛は、あなたを傷つけるようなことは、決してしないわ」


さらに雪藍は、自分の過去を重ねながら、碧葉の背中を押す。


「朱華様が許し、私が望んでいるのです。あなたが凛の隣で幸せになることを。…だから、もう、侍女としてではなく、私の大切な妹として、凛の手を取ってあげてくれませんか?」


その温かい言葉に、碧葉の瞳が潤んだ。


雪藍の言葉に背中を押された碧葉。その彼女の前に、朱華の言葉に発奮した凛が、少しだけ頬を赤らめながら、ぎこちなく手を差し出した。


「…碧葉。俺は、不器用だ。だが、お前の手を…握りたい。…駄目か?」


その、命令ではなく、問いかけるような、必死な声。


碧葉は、雪藍の言葉を思い出し、目の前で真剣な瞳で自分を見つめる凛を見る。

彼女は、涙がこぼれそうになるのを堪え、震える指先で、そっと、彼の手に自分の手を重ねた。


初めて繋がれた、二人の手。

その瞬間を、驚くほどの感動と、胸が張り裂けそうなほどの幸福感が二人を包む。

互いに顔を真っ赤にしながらも、その手を離すことはできない。


その気まずい沈黙に気づいた朱華が、わざとらしく立ち止まり、「少し、そこの東屋で休んでいこう」と提案した。

東屋で、朱華は凛を「少し、飲み物でも取ってくるか」と、強引に連れ出す。


「凛。女というのはな、ただ手を繋いでいれば満足する生き物ではないのだぞ。もっと、褒めろ。『その指は、星屑を紡ぐためにあるのか』とか、そういうことを言うんだ」


朱華が、自信満々に、しかし少しズレた恋愛指南をする。

凛は、半信半疑ながらも、真剣にそれを聞いていた。


やがて東屋に戻ると、朱華と雪藍は、少し離れた場所から、二人をそっと見守る。

凛は、朱華の教えを思い出して、碧葉に何か気の利いたことを言おうとする。「…碧葉。その指は…」しかし、言葉が続かない。

彼は、気取った言葉を言うのを諦め、ただ、正直な気持ちを口にした。


「…すまない。兄上のように、気の利いたことは言えない。…だが、その…手が、温かい。それだけは、本当だ」


その、あまりに不器用で、しかし真っ直ぐな言葉に、碧葉の心の壁が、完全に溶ける。

彼女は、初めて、凛に向かって、心の底からの笑顔を見せた。


「…はい。若君の手も…とても、温かいです」


それが、二人が「恋人」として交わした、初めての会話だった。

夕闇の中、ただ黙って、しかし固く手を繋ぎ合う二人。その光景を、朱華は雪藍を後ろから抱きしめながら、見守っている。


「…やれやれ。俺の教えは、まだ早すぎたようだな」

「ふふ。でも、あの一歩が、一番尊いのですよ」


夕暮れの光の中、ぎこちなくも手を繋いで歩く若い恋人たちと、それを見守る夫婦の、四つの影が、幸せそうに長く伸びていた。

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