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「湯上がりの戯れと、白檀の香り」

章1:癒やしの湯浴み

深夜。静月殿の湯殿は、壁も床も磨き上げられた白玉石で造られ、湯船からは絶えず清らかな湯が溢れていた。天井から差し込む月光が、立ち上る湯気に乱反射し、幻想的な光の粒子となって満ちている。


朱華は、その広大な湯船に一人、身を沈めていた。 連日の激務で凝り固まった身体を、湯の熱がゆっくりとほぐしていく。だが、心の芯にある鉛のような疲労までは、溶かすことができない。 彼は、重い溜息と共に、その身を湯船の縁に預けた。


その時、静かに扉が開く音がした。


「朱華様」


盆を手にした雪藍が、湯気に霞む月光の中に、天女のように立っていた。 盆の上には、彼が好む冷えた果実水と、小さな瑠璃の小瓶が乗せられている。


「雪藍…。なぜ、起きてきた」


「いつまでもお戻りにならなかったので、もしや書斎でお一人、お悩みではないかと…。こちらに湯浴みの準備が整っていると伺い、差し出がましいとは存じましたが、参りました。少しでも、お心が安らげばと」


彼女は湯船の脇にそっと膝をつくと、小瓶の蓋を開けた。 ふわりと、心を深く鎮める白檀の香りが、湯気と混じり合う。


「特別な香油です。きっと、お疲れが和らぎます」


その言葉だけで、朱華の心の半分は、すでに癒やされていた。 雪藍は、少しだけためらいながら、しかし芯の通った瞳で、夫を見つめた。


「…もし、お嫌でなければ。私が、お背中をお流ししても、よろしいでしょうか」


その、思いがけない申し出に、朱華は驚きに目を見開く。 やがて、彼の唇に、どうしようもないほどの愛おしさが、笑みとなって浮かんだ。 彼は、湯船に差し入れられた雪藍の小さな手をそっと掴むと、そのまま自らの頬へと、導くように寄せた。


「…ああ。頼む」


彼の声は、心地よさに、少しだけ掠れていた。


「…疲れた。お前の温もりに、少しだけ、触れさせてくれ」


雪藍は、その素直な甘えに胸を熱くしながら、こくりと頷いた。 彼女は、柔らかな絹の布に香りの良い石鹸を泡立てると、夫の、広く、鍛え上げられた背中に、そっとその手を触れさせる。戦でついたであろう、いくつかの古い傷跡。 その一つ一つを慈しむように、彼女の小さな手は、丁寧に、優しく、背中を洗い清めていく。


朱華は、目を閉じた。背中に伝わる、彼女の指先の感触、肌の滑らかさ、そして全身を包む白檀の香り。そのすべてが、彼の心身の深い場所へと、染み込んでいく。


「…雪藍」


彼の声が、彼女の名を呼ぶ。


「…お前の指先は、どんな名医よりも、俺の疲れを癒やすな…」


その言葉に、雪藍は嬉しそうに微笑み、洗い流した彼の背中に、そっと、自分の頬を寄せた。


章2:香油と愛撫

湯上がり後、寝所は、月明かりと、雪藍が焚いた白檀の香だけが満ちる、静謐な空間となっていた。 朱華が寝台にうつ伏せに横たわると、雪藍は、先ほどの瑠璃の小瓶から、とろりとした香油を手のひらに取った。そして、両手で温めたそれを、夫の広い背中に、そっと垂らす。


「ん…っ」


温かい油が肌に触れ、朱華の身体が心地よさに微かに震えた。 雪藍の、滑るように柔らかな指先が、彼の凝り固まった肩から、首筋、そして背骨に沿って、ゆっくりと下っていく。 ふと、彼女の指先が、彼の背中にある古い傷跡で止まる。それは、かつて彼が国と、そして自分を守ってくれた戦の証。彼女は、たまらない愛おしさに、その傷跡に、そっと、祈るように唇を寄せた。


「…もう、痛くありませんように」


その小さな囁きと、唇の柔らかな感触に、朱華の身体が甘く震えた。 雪藍の愛撫は続く。それは、ただの揉みほぐしではない。彼の筋肉一つ一つの流れを確かめ、その下に潜む疲れの芯を、慈しむように、祈るように、解きほぐしていく、神聖な儀式のようだった。


朱華の意識が、徐々に蕩けていく。日々の政務、臣下たちとの腹の探り合い、皇太子としての重圧…。 そのすべてが、彼女の指先が触れるたびに、遠い世界へと消えていく。 このまま、彼女の温もりと香りに包まれて、眠ってしまえたら…。 安らぎの中に、しかし別の種類の熱が静かに灯り始めていた。呼吸が、少しずつ深くなる。


(…駄目だ。このままでは…)


雪藍の献身的な愛撫は、彼の疲れを癒やすと同時に、男としての、剥き出しの渇望をも呼び覚まし始めていた。 彼が、もう限界だと感じた、その時。 雪藍の手が、彼の身体を離れようとした。


朱華は、思考よりも早く、その手首を掴んでいた。


「しゅ、朱華様…?」


彼は、ゆっくりと身体を起こすと、驚く雪藍の瞳を、熱を帯びた黒曜石の瞳で、まっすぐに見つめ返した。


「…もう十分だ、雪藍」


その声は、欲望で掠れ、低く、甘く響いた。


「お前のその指先は、俺を癒やすには…刺激が強すぎる。…今度は、俺がお前を癒やしてやる番だ」


朱華は、抗う暇も与えず、雪藍の華奢な身体を自分の方へと引き倒し、その唇を深く塞いだ。


章3:癒やしの香りの中で

「んんっ…!」


驚きに目を見開く彼女の唇を、こじ開けるように舌を差し入れ、その内側を貪るように味わう。


唇が離れた後、彼が征服者のように囁こうとした、その時だった。 雪藍が、その濡れた瞳でじっと彼を見つめ返すと、今度は自ら、彼の唇に吸い付くように口づけを返したのだ。それだけではない。彼女の唇は、彼の額に、瞼に、鼻先に、そして頬に…と、まるで彼の顔のすべてを確かめるかのように、雨のような、優しく、甘い口づけを降らせ始めた。


「…はは…」


朱華の喉から、堪えきれない、甘い笑い声が漏れた。


「…降参だ、雪藍。お前のその愛の前では、俺の威厳など、何の役にも立たんな…」


彼はそう言うと、雪藍をきつく抱きしめた。


「お前が俺を癒やしたのだ。だから、今度は、俺のありったけの愛で、お前を甘やかしてやる」


香油の滑らかさで、二人の肌は吸い付くように絡み合った。彼は、雪藍の薄絹の衣を、まるで邪魔なもののように剥ぎ取ると、月光の下に現れた、白檀(びゃくだん)の香りを纏う肌に、そっと顔を寄せた。


「まずは、この香りからだ。お前の肌に溶けた、この甘い香りを、すべて味わい尽くしてやる」


彼の唇は、彼女の首筋、鎖骨、そして胸の谷間へと、香りの軌跡を辿るように、熱い口づけを落としていく。そのたびに、雪藍の身体は甘く震え、か細い吐息が漏れた。


「朱華様…っ、あ…」


彼が、豊かな乳房の頂に咲く蕾を、ふわりと口に含んだ瞬間、雪藍の身体が大きくしなる。


「どうした?ここも、疲れているのか?ならば、癒してやらねばな」


その意地悪な囁きと共に、彼の唇と指先が、彼女の肌のすべてを慈しむように辿っていく。雪藍の思考は、白檀の香りと、彼が与える悦びに蕩かされ、もはや何も考えられない。 その夜、寝所に満ちていたのは、白檀の香りだけではなかった。 互いの肌に溶け込んだ香油と、互いを慈しみ、求め合う、二人の甘い吐息の香り。それは、世界でただ一つ、この場所でしか生まれない、究極の「癒やしの香り」の中で、二人の魂は静かに、そして深く結ばれていった。

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