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「寝台の上の秘密特訓」

第一章:秘密の約束

穏やかな日の午後、静月殿の広間では、雪藍が舞踊の練習に励んでいた。しなやかな身体が流れるように宙を舞い、指先まで神経の行き届いた優雅な動きは、見る者を魅了する。


広間の隅には、いつもの侍女三人組、碧葉へきようあおいすみれが、控えるようにしてその様子を見守っていた。彼女たちは、雪藍の新たな舞への挑戦に目を輝かせ、時に感嘆の息を漏らしている。


「はぁ…雪藍様のお舞は、いつ拝見しても天上のようですわね」 碧葉がうっとりと呟けば、葵が頬を染めて頷く。 「ええ、まるで花が咲き乱れるよう。本当に、お美しい…」 菫が夢見心地のため息をつく。


普段は政務に忙しい朱華も、珍しく書斎から顔を出し、その様子を傍らで静かに見守っている。 朱華は、雪藍の集中した横顔を眺めながら、ふと、胸の奥でチリ、と熱いものが燃え上がるのを感じる。 公の場では決して見せない、研ぎ澄まされた雪藍の身体の曲線。舞踊によって引き出される、秘められたその魅力は、夫である自分だけが知るべきものだという、独占欲にも似た感情だった。


雪藍がくるりと優雅に旋回し、最後の一手を決めて息を整えると、朱華は惜しみない拍手を送った。


「見事だ、雪藍。その舞、天上のようだ」 「ありがとうございます、朱華様」


雪藍は少し照れたように微笑まれたが、すぐに眉をひそめて首を傾げた。


「ですが、この箇所だけ、どうにも思うように、しなやかさが足りませぬようで…」


彼女は、ある特定の動きを何度か繰り返してみせるが、どうにも流れるような美しさに欠けると感じているようだった。碧葉、葵、菫も、その箇所で雪藍がわずかに苦戦していることに気づき、心配そうに顔を見合わせる。


「ふむ…。なるほど、確かに、もう少しなめらかさが欲しいな」


朱華は立ち上がると、雪藍の傍らにゆっくりと歩み寄った。その一歩一歩が、三人の侍女たちの視線を集める。


「雪藍。その動きは、腰の捻りと、指先の角度が肝要だ。一度、俺が直接教えてやろう」 「え…?あなた様が、でございますか?」


雪藍は驚きに目を丸くする。 朱華が自ら舞踊を教えるなど、前代未聞のことだったからだ。碧葉、葵、菫も、驚きと期待が入り混じった表情で、ごくりと唾を飲み込んだ。


「ああ。だが、ここでするのは少々…な。夜、俺の寝台で、特別に『秘密特訓』をしてやろう。誰にも邪魔されない、二人だけの時間でな」


朱華は、三人の侍女たちにも聞こえるように、はっきりと、しかし雪藍の耳元で甘く囁くかのように言葉を紡いだ。彼の黒曜石の瞳は、昼間には隠されていた、熱い独占欲の炎を宿している。


雪藍の頬が、たちまち真っ赤に染まった。 彼女は驚きと羞恥で言葉を失い、俯いてしまう。 碧葉、葵、菫は、その朱華のあまりに露骨な甘い言葉に、一瞬ぽかんと口を開けた後、すぐに顔を赤くして互いに肘で小突き合った。


「ひ、ひえぇ…っ!朱華様ったら!」と、葵が顔を真っ赤にして口元を隠す。菫も「そ、そんなこと、皆の前で…」と、恥ずかしそうに俯いた。 碧葉は何も言えず、ただ真っ赤な顔で扇子を広げ、口元を隠しながら、小さく「お、おいたが過ぎますわ…」とだけ呟いた。


その反応に満足した朱華は、雪藍の腰にそっと手を添えると、広間を後にしていった。碧葉、葵、菫は、その背中が見えなくなるまで、顔を赤くめたまま、目を離せずにいた。


第二章:秘密特訓の始まり

その夜。 静月殿は、夜のとばりが降り、静寂に包まれていた。 しかし、朱華と雪藍の寝室では、密やかな「特訓」が始まろうとしていた。 寝台の上に座る雪藍は、薄絹の寝衣を纏い、昼間の朱華の言葉と侍女たちの視線を思い出し、心なしか落ち着かない様子だ。朱華は、そんな彼女の様子を愛おしそうに見つめると、ゆっくりと寝台へと上がり、雪藍の背後に座り込んだ。


「さあ、雪藍。舞踊は、全身のしなやかさと、重心の移動が大切だ。まずは、腰から…」


朱華は、いつもよりも一段と低く、甘い声で囁いた。彼は、雪藍の細い腰に腕を回し、その身体を自分の方へと引き寄せる。雪藍の背中が、朱華の鍛えられた胸板にぴたりと密着した。


「んっ…!」


雪藍の吐息が、わずかに震える。朱華の温もりが、薄絹越しにもはっきりと伝わってくる。 彼の指先が、雪藍の腰のくぼみを辿り、優しく、しかし確実に、その動きを誘導する。


「ここだ、雪藍。この角度で、もう少し深く…。そう、身体の芯で、熱を感じるように…」


朱華の唇が、雪藍の耳元に触れるほど近くで、甘く囁く。彼の温かい吐息が、彼女の首筋をくすぐり、雪藍の全身に甘い痺れが走った。


「しゅ、朱華様…、その、これでは…舞踊の特訓、というよりも…」


雪藍は、羞恥に顔を赤くめながら、振り返ろうとする。だが、朱華はそれを許さなかった。


「動くな、雪藍。これは『秘密特訓』だ。誰にも見られず、誰にも知られず、お前が俺だけのものとなるための…」


彼はそう囁くと、雪藍の首筋にそっと顔を埋め、柔らかな肌に吸いついた。朱華の熱い唇が、雪藍の白い肌に甘い花を咲かせていく。 舞踊の指導という建前はとうに忘れられ、二人の身体はただ互いの熱を求め合った。


やがて彼は、雪藍の身体をくるりと自分の方へと向き直らせた。潤んだ瑠璃色の瞳が、至近距離で彼を映す。


「…本当の舞は、ここからだ、雪藍」


朱華はそう囁くと、薄絹の寝衣の帯に、そっと指をかけた。するり、と音を立てて絹がはだけ、月光に照らされた真珠色の肌が、彼の前にあらわになる。


「…お前自身が、この世で最も美しい舞だ」


彼は、まるで神聖なものに触れるかのように、その肌を慈しみ、口づけを落としていく。 それはもはや舞の指導ではなく、二人の魂が奏でる、ただ一つの愛の調べだった。 肌を重ね、互いの熱を分け合いながら、二人の身体は新しい舞を始める。それは、言葉も音楽も必要としない、ただ魂で感じ合う、官能の舞。 やがて、その舞が最高潮に達した時、二人の身体は同時に激しく震え、一つの完璧な調和となって結ばれた。


第三章:舞の終わりに

夜が更け、嵐のような情熱が過ぎ去った後。 二人は、汗ばんだ肌を寄せ合ったまま、互いの心臓の音だけを聞いていた。 朱華は、蕩けきった表情で腕の中にいる雪藍の髪を、優しく梳く。


「……見事な、舞だった。俺の生涯で、最も美しい舞だ」


その囁きに、雪藍は、潤んだ瞳で彼を見上げ、幸せそうに微笑んだ。


「…あなた様という最高の舞手が、そばにいてくださったからですわ」


彼女は、彼の逞しい胸に、そっと頬ずりをする。


「…この舞は、もう、あなた様としか、踊れません」


その言葉に、朱華はたまらないというように、彼女の唇に、深く、そしてどこまでも優しく、口づけを落としたのだった。


その頃、静月殿の長い廊下を、凛が静かに歩いていた。 彼は、朱華から渡された書簡を、彼の書斎へ届けに行く途中だった。 しかし、朱華と雪藍の寝室の前を通りかかったその時、微かに漏れ聞こえる、甘く、熱のこもった声に、彼の足がぴたりと止まった。


(…この気配は…)


凛の灰色の瞳が、夜の闇に吸い込まれるように、ほんの一瞬、その寝室の扉を見つめた。 か細く聞こえる、雪藍の甘い吐息と、朱華の低い囁き。 それは、昼間の彼らが見せていた「舞踊の特訓」とは、明らかに異なる種類の熱を帯びていた。


(…なるほど。あれは、『秘密特訓』、というやつか…)


凛は、小さく息を吐いた。彼の頬が、わずかに熱を持つ。 彼は、書簡を抱きしめたまま、その場に留まることなく、音もなく踵を返した。


(…兄上も、姉上も、本当に…)


凛は、遠ざかる廊下を歩きながら、ふと、空に浮かぶ朧月おぼろづきを見上げた。


(…いつか、俺も、あのような…)


彼の心に去来する、甘く、少しだけ切ない感情。 それは、愛する姉と兄の幸せを願う、弟としての純粋な想いと、まだ見ぬ自分自身の未来への、淡い憧れが入り混じった、複雑な感情だった。


凛は、朱華の書斎へと向かう道を、ただ黙って歩き続けた。 今夜の「秘密特訓」は、彼らの知らぬところで、もう一人の心を、密かに揺さぶっていたのだった。

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