「静月殿のお茶会と、二つの本音」
章1:六人のお茶会
その日の静月殿の庭園は、柔らかな陽光と、咲き始めた秋桜の香りに満ちていた。
雪藍は「いつも支えてくれる皆さんと、穏やかな時間を過ごしたい」と、凛と侍女三人組のためにお茶会を計画したのだ。
卓には、彼女が心を込めて作った季節の菓子と、それぞれの好みに合わせて淹れたお茶が並んでいる。
「まあ、雪藍様!このお菓子、星の形をしていて、とても可愛らしいです!」
葵が、砂糖菓子を手に取って、子供のようにはしゃぐ。
「凛様のために、わたくしの故郷の歴史書もお持ちしましたのよ」
碧葉が、少しだけ得意げに言うと、凛は無言でこくりと頷いた。
彼の前には、彼が好むという苦みの強いお茶が置かれている。
菫は、そんな光景をうっとりと見つめていた。
「まるで、物語の一場面のようですわ…」
その時だった。
「俺を仲間外れにして、楽しそうなことをしているな」
拗ねたような、しかし楽しげな声と共に、朱華が登場した。
雪藍は「まあ、朱華様。お仕事はよろしかったのですか?」と驚きながらも、優しく微笑む。
「もちろん、朱華様もご一緒ですわ」
彼女が当たり前のように隣の席を示すと、朱華は満足げにそこに腰を下ろした。
穏やかな時間が流れる。朱華の隣に雪藍が座り、その向かいに凛がいる。
侍女たちは少し離れた場所で控えているが、その表情は幸せに満ちていた。
その和やかな空気を、天真爛漫な一言が、可愛らしく切り裂いた。
「あの、凛様!」
葵が、ずっと気になっていたことを、ぱっと口にしてしまったのだ。
「凛様は、雪藍様のことは『姉上』ととってもお慕いですが、その…殿下のことは、どう思っておられるのですか?」
そのあまりに直接的な質問に、場が一瞬凍り付く。
碧葉は「葵!」と無言で葵の脇腹をつねり、菫は「まあ!」と扇で口元を隠す。凛は無表情で茶を飲み、雪藍は困ったように笑う。
朱華は、その状況を面白がるように、くつくつと喉で笑った。そして、立ち上がると凛の肩を叩いた。
「…凛。面白いことを聞かれたな。答えは、散歩をしながらゆっくり聞かせてもらおうか」
朱華は、少し嫌そうな顔をする凛を連れて、男二人で庭園の奥へと歩き去っていった。
章2:男たちの本音
静月殿の、二人きりになれる静かな庭園。
朱華は、兄として、そして夫として、凛に釘を刺した。
「先に言っておく。雪藍を泣かせたら、弟でも容赦はしない。あれは、俺の妻だ」
その言葉は、冗談めかしていながらも、その瞳は真剣だった。
そして、少し間を置いて、表情を和らげる。
「…だが、感謝もしている。俺の目の届かぬところで、あいつを守ってくれているのだろう。…ありがとう、凛」
凛は、朱華の言葉を真っ直ぐに受け止めた。
そして、いつも通りの無表情で、しかし確かな棘を込めて言い返した。
「…姉上を泣かせるのは、大概が兄上のせいかと」
「なっ…」
言葉に詰まる朱華。凛は続ける。
「ですが、ご安心を。俺の剣と、この命は、姉上と…そして、姉上が愛した貴方のためにあります。
兄上が姉上を裏切らない限りは」
その、不器用だが絶対的な忠誠の言葉に、朱華は思わず笑みをこぼした。
彼は、照れ隠しのように、少しだけ乱暴に、しかしどこまでも優しく、凛の濡羽色の髪をわしゃわしゃと掻き撫でた。
凛は、生まれて初めて誰かに頭を撫でられ、驚きに固まってしまう。
その耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、朱華は見逃さなかった。
二人の間には、男同士の、少し歪で、しかし確かな信頼関係が生まれていた。
章3:乙女たちの秘密
男たちが去った後のお茶会の席。
残された雪藍と侍女たちの間には、解放されたような、華やかな空気が流れていた。
「雪藍様!」と、葵が身を乗り出して詰め寄る。
「殿下とは、その…夜はいかがなのですか!?」
「葵!はしたない!」と碧葉が叱る。
「…ですが、わたくしも少しだけ…気になります…」
菫が、うっとりとした声で尋ねた。
「殿下は、雪藍様のどこが一番お好きなのだと、仰っていましたか?」
侍女たちの、純粋な好奇心に満ちた質問攻めに、雪藍は恥ずかしそうに頬を染めるが、
やがて、うっとりとした表情で、遠くを見つめるように囁いた。
「…そうですね。…毎晩、わたくしという名の香が、殿下という熱によって、初めて知る香りにまで高められていく…。そんな、夜、かしら…」
その、あまりに甘美で文学的な表現に、葵は「へ…?」と目を点にし、碧葉は顔を真っ赤にして俯き、
そして菫は「ああ…」と、尊さのあまりその場で崩れ落ちそうになる。
雪藍は続ける。
「…公の場での、光のようなお姿も素敵です。
けれど…わたくしだけに見せてくださる、少しだけ子供のような、甘えたお顔…。国ではなく、ただ一人の男の人として、わたくしを必要としてくださる、
その瞬間が…わたくしには、何よりも愛おしいのです」
その言葉に、侍女たちはうっとりとため息をついた。
そこへ、朱華と凛が戻ってくる。
凛は、以前よりも少しだけ、朱華に対する態度が柔らかくなっているように見えた。
侍女たちとの会話で、ほんのりと頬を染めている雪藍。
その姿を認めた朱華は、誰にも気づかれぬよう、彼女にだけ分かる、優しい笑みを向けた。
それは、「俺のいない間に、楽しそうだったな。…妬ける」とでも言うような、少しだけ拗ねた、
独占欲に満ちた視線。
雪藍もまた、彼にだけ分かる、慈愛に満ちた微笑みを返す。
それは、「あなた様こそ、凛と、本当の兄弟のようでしたよ。誇らしいです」とでも言うような、温かい視線だった。
誰にも気づかれぬ、一瞬だけの視線の会話。それだけで、二人の心は完全に満たされた。
その光景は、誰もが幸せな、完璧な家族の肖像画のようだった。




