表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/100

「静月殿のお茶会と、二つの本音」

章1:六人のお茶会


その日の静月殿の庭園は、柔らかな陽光と、咲き始めた秋桜コスモスの香りに満ちていた。


雪藍は「いつも支えてくれる皆さんと、穏やかな時間を過ごしたい」と、凛と侍女三人組のためにお茶会を計画したのだ。

卓には、彼女が心を込めて作った季節の菓子と、それぞれの好みに合わせて淹れたお茶が並んでいる。


「まあ、雪藍様!このお菓子、星の形をしていて、とても可愛らしいです!」


葵が、砂糖菓子を手に取って、子供のようにはしゃぐ。


「凛様のために、わたくしの故郷の歴史書もお持ちしましたのよ」


碧葉が、少しだけ得意げに言うと、凛は無言でこくりと頷いた。

彼の前には、彼が好むという苦みの強いお茶が置かれている。

菫は、そんな光景をうっとりと見つめていた。

「まるで、物語の一場面のようですわ…」


その時だった。


「俺を仲間外れにして、楽しそうなことをしているな」


拗ねたような、しかし楽しげな声と共に、朱華が登場した。


雪藍は「まあ、朱華様。お仕事はよろしかったのですか?」と驚きながらも、優しく微笑む。


「もちろん、朱華様もご一緒ですわ」


彼女が当たり前のように隣の席を示すと、朱華は満足げにそこに腰を下ろした。


穏やかな時間が流れる。朱華の隣に雪藍が座り、その向かいに凛がいる。

侍女たちは少し離れた場所で控えているが、その表情は幸せに満ちていた。

その和やかな空気を、天真爛漫な一言が、可愛らしく切り裂いた。


「あの、凛様!」


葵が、ずっと気になっていたことを、ぱっと口にしてしまったのだ。


「凛様は、雪藍様のことは『姉上』ととってもお慕いですが、その…殿下のことは、どう思っておられるのですか?」


そのあまりに直接的な質問に、場が一瞬凍り付く。

碧葉は「葵!」と無言で葵の脇腹をつねり、菫は「まあ!」と扇で口元を隠す。凛は無表情で茶を飲み、雪藍は困ったように笑う。


朱華は、その状況を面白がるように、くつくつと喉で笑った。そして、立ち上がると凛の肩を叩いた。


「…凛。面白いことを聞かれたな。答えは、散歩をしながらゆっくり聞かせてもらおうか」


朱華は、少し嫌そうな顔をする凛を連れて、男二人で庭園の奥へと歩き去っていった。


章2:男たちの本音


静月殿の、二人きりになれる静かな庭園。

朱華は、兄として、そして夫として、凛に釘を刺した。


「先に言っておく。雪藍を泣かせたら、弟でも容赦はしない。あれは、俺の妻だ」


その言葉は、冗談めかしていながらも、その瞳は真剣だった。

そして、少し間を置いて、表情を和らげる。


「…だが、感謝もしている。俺の目の届かぬところで、あいつを守ってくれているのだろう。…ありがとう、凛」


凛は、朱華の言葉を真っ直ぐに受け止めた。

そして、いつも通りの無表情で、しかし確かな棘を込めて言い返した。


「…姉上を泣かせるのは、大概が兄上のせいかと」

「なっ…」


言葉に詰まる朱華。凛は続ける。


「ですが、ご安心を。俺の剣と、この命は、姉上と…そして、姉上が愛した貴方のためにあります。

兄上が姉上を裏切らない限りは」


その、不器用だが絶対的な忠誠の言葉に、朱華は思わず笑みをこぼした。

彼は、照れ隠しのように、少しだけ乱暴に、しかしどこまでも優しく、凛の濡羽色の髪をわしゃわしゃと掻き撫でた。


凛は、生まれて初めて誰かに頭を撫でられ、驚きに固まってしまう。

その耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、朱華は見逃さなかった。

二人の間には、男同士の、少し歪で、しかし確かな信頼関係が生まれていた。


章3:乙女たちの秘密


男たちが去った後のお茶会の席。

残された雪藍と侍女たちの間には、解放されたような、華やかな空気が流れていた。


「雪藍様!」と、葵が身を乗り出して詰め寄る。

「殿下とは、その…夜はいかがなのですか!?」

「葵!はしたない!」と碧葉が叱る。

「…ですが、わたくしも少しだけ…気になります…」

菫が、うっとりとした声で尋ねた。

「殿下は、雪藍様のどこが一番お好きなのだと、仰っていましたか?」


侍女たちの、純粋な好奇心に満ちた質問攻めに、雪藍は恥ずかしそうに頬を染めるが、

やがて、うっとりとした表情で、遠くを見つめるように囁いた。


「…そうですね。…毎晩、わたくしという名の香が、殿下という熱によって、初めて知る香りにまで高められていく…。そんな、夜、かしら…」


その、あまりに甘美で文学的な表現に、葵は「へ…?」と目を点にし、碧葉は顔を真っ赤にして俯き、

そして菫は「ああ…」と、尊さのあまりその場で崩れ落ちそうになる。


雪藍は続ける。


「…公の場での、光のようなお姿も素敵です。

けれど…わたくしだけに見せてくださる、少しだけ子供のような、甘えたお顔…。国ではなく、ただ一人の男の人として、わたくしを必要としてくださる、

その瞬間が…わたくしには、何よりも愛おしいのです」


その言葉に、侍女たちはうっとりとため息をついた。


そこへ、朱華と凛が戻ってくる。

凛は、以前よりも少しだけ、朱華に対する態度が柔らかくなっているように見えた。

侍女たちとの会話で、ほんのりと頬を染めている雪藍。

その姿を認めた朱華は、誰にも気づかれぬよう、彼女にだけ分かる、優しい笑みを向けた。


それは、「俺のいない間に、楽しそうだったな。…妬ける」とでも言うような、少しだけ拗ねた、

独占欲に満ちた視線。

雪藍もまた、彼にだけ分かる、慈愛に満ちた微笑みを返す。


それは、「あなた様こそ、凛と、本当の兄弟のようでしたよ。誇らしいです」とでも言うような、温かい視線だった。


誰にも気づかれぬ、一瞬だけの視線の会話。それだけで、二人の心は完全に満たされた。

その光景は、誰もが幸せな、完璧な家族の肖像画のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ