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「二人だけの、秘密の星見」

章1:密やかな文と、灯籠の星空


日々の務めや、凛の世話で、なかなか二人きりになれない日々が続いていた。

雪藍は、その穏やかな日常に幸福を感じながらも、心のどこかで、ほんの少しだけ、

朱華との二人だけの時間を渇望していた。


その日の夕刻。雪藍が自室で書を読んでいると、侍女の碧葉が、一枚の畳まれた紙片をそっと差し出した。


「雪藍様。先ほど、殿下の近習の方が…」


開いてみると、そこには朱華の美しい筆跡で、ただ一言だけ、記されていた。


『今宵、月が一番高くなる刻に、東の古い東屋あずまやへ。誰にも見つからぬように』


雪藍の心臓が、とくん、と音を立てて跳ねた。

それは、まるで恋の始まりのような、甘く、背徳的な響きを持った誘いだった。

彼女は、誰にも見られぬよう、そっと胸元にその文をしまい込んだ。


夜が更け、雪藍は侍女たちの目を盗んで、そっと静月殿を抜け出した。

月明かりだけを頼りに、宮廷の奥深く、忘れ去られた東の庭園へと向かう。

古い東屋に近づくにつれて、雪藍は息を呑んだ。


そこは、朱華の手によって、無数の小さな灯籠で飾られた、幻想的な空間に変わっていた。

一つ一つの灯りは、まるで地上に降りてきた星のよう

。床には柔らかな敷物が敷かれ、彼女の好きな果実酒と菓子が、銀の盆の上に整えられている。


「…きれい…」


呆然と立ち尽くす雪藍を、物陰から現れた朱華が、優しく背後から抱きしめた。


「驚いたか?」

「はい…。まるで、天の川の中にいるようですわ」

「お前のための、星空だ」


朱華はそう囁くと、雪藍を自分の隣から動かし、正面から向き合うように、自分の膝の上に乗せてしまう。


「まあ…!朱華様、灯籠の外は、まだ宮中の庭ですよ…!」


雪藍の可愛らしい抗議に、朱華は悪戯っぽく笑うと、その耳元に唇を寄せた。


「凛は良い弟だ。だが、時々…俺の妻に近すぎる。今宵は、誰にも邪魔されず、お前を独り占めにしたかった」


彼は、雪藍を腕の中に完全に閉じ込めたまま、満足げに囁く。


「凛には、こうしてお前を抱きしめることはできまい。…お前の甘い息を感じられるのも、この肌に触れられるのも、俺だけの特権だ」


その、少し拗ねたような、しかしどうしようもなく甘い言葉に、雪藍の心は蕩けてしまいそうだった。


章2:肌に描く星座


二人は敷物に寝転がり、本物の満天の星を眺めた。

朱華は、天の川を指差した後、悪戯っぽく微笑んだ。


「だが、天の星よりも、俺を惑わせる星が、ここにある」


そう言うと、彼の人差し指が、雪藍の衣の合わせ目から覗く、

白い鎖骨のあたりを、そっと、なぞり始めた。


「しゅ、朱華様…っ!」


彼の指は、まるで星座を描くように、彼女の肌の上をゆっくりと滑っていく。


「ほら、ここが夏の大三角だ…。いや、お前の肌が熱すぎて、俺の指の方が火傷しそうだ」


その熱い囁きに、雪藍の身体が甘く震える。


「…朱華様…。そのようなことをされたら、わたくし、星が見えなくなってしまいます…。

あなた様のことしか、考えられなくなりますから…」


その答えに満足したように、朱華は彼女の髪に口づけを落とした。

その夜の会話は、国のことでも、凛のことでもない。

「どの星が一番美しいか」「どんな夢を見たか」「子供の頃、好きだった花は何か」

ただの男と女としての、他愛のない、しかし何よりも満ち足りた言葉の応酬だった。


章3:星の蜜、魂の口づけ


やがて、朱華が、ぽつりと呟いた。


「お前と出会うまで、星を見上げることなどなかった。いつも見ていたのは、自分の足元と、背負うべき責務だけだ。だが今は、美しい星を見つけるたび、真っ先に思うのだ。

『これを、雪藍に見せてやりたい』と」


その言葉に、雪藍は胸がいっぱいになり、そっと彼の手に自分の手を重ねた。


「わたくしも、同じです。美しい香りを調合できた時、一番にその香りをお届けしたいと思うのは、

あなた様だけです」


彼女は、用意されていた果実酒を一口だけ、唇に含んだ。月光に、彼女の唇が濡れてきらめく。

それを見た朱華は、もう耐えきれないというように、彼女の顔を両手で包み込み、その唇を深く吸った。

彼女の唇に残っていた、甘い酒の味が、彼の口の中に広がる。


口づけの後、そっと唇を離し、彼は蕩けるような声で囁いた。


「……星の味がした。いや、お前という星の、蜜の味か」


そのあまりに甘い言葉に、雪藍の理性が溶け落ちる。

夜がさらに深まり、宮廷が完全な静寂に包まれる頃。

朱華は、雪藍の潤んだ瞳を、じっと見つめた。


「…雪藍」


名を呼ばれ、雪藍は吸い寄せられるように、その視線に応える。

朱華の顔が、ゆっくりと近づいてくる。

そして、二人の唇は、静かに、しかし深く重なり合った。

それは、これまでのどんな閨事よりも、心が満たされる、魂の口づけだった

。情欲ではなく、ただひたすらに、互いの存在を慈しみ、確かめ合う。


唇が離れた後、朱華は雪藍の額に、そっと自分の額を合わせた。


「…帰りたくないな」

「…はい」

「だが、お前を冷えさせてしまう」

「…朱華様の腕の中なら、凍える冬の夜でも、温かいです」


その答えに、朱華はたまらないというように、もう一度、深く、甘い口づけを落とした。

灯籠の星空の下、二人の影は、いつまでも一つに重なっていた。

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