「姉上のお買い物は、誰が護衛する?」
章1:贈りものの計画
穏やかな昼下がり、雪藍は静月殿の一室で、そっとため息をついた。
傍らには、侍女である碧葉、葵、菫が控えている。
「…朱華様は、近頃ずっと政務でお忙しいご様子。凛も、まだ宮廷の暮らしには慣れぬでしょう。
お二人の心が、少しでも安らぐような贈りものをしたいのです」
雪藍の言葉に、侍女たちの顔がぱっと華やいだ。
「まあ、素敵ですわ、雪藍様!」
雪藍は微笑むと、計画を打ち明けた。
朱華様には、執務中に心を鎮められるよう、特別な配合の香木を。
そして、まだ自分の物が少ない凛には、肌触りの良い上質な絹で、新しい普段着を仕立ててあげたい。
そのための材料を、自分の目で見て選ぶため、彼女は「お忍びでの市場へのお出かけ」を計画していたのだ。
その計画をどこからか聞きつけた凛が、すっと雪藍の前に現れた。
「姉上。そのお出かけ、俺がお供します。城下の輩から、姉上を完璧にお守りします」
その真剣な眼差しに、雪藍が「ありがとう」と微笑んだ、その時だった。
「いや、待て」
執務を終えた朱華が、部屋に入ってきた。
「妃の護衛は、夫である俺の役目だ。凛、お前は留守を頼む」
「…姉上の護衛に、兄上のお許しは必要ありません」
火花を散らす二人を見て、雪藍は困ったように笑うしかなかった。
「…では、三人で参りましょうか」
こうして、少し奇妙な、三人でのお買い物デートが始まった。
章2:護衛対決と、簪の攻防
城下の市場は、活気に満ちていた。
雪藍が人混みに目を輝かせていると、その右腕を朱華が、左腕を凛が、それぞれがっちりと掴んでガードした。
「しゅ、朱華様、凛…これでは、歩けません…」
「黙れ。はぐれたらどうする」
「姉上、危険です」
二人の声が、綺麗に重なった。
一行は、美しい簪を売る露店で足を止める。
凛が、銀細工の、繊細で趣味の良い簪を指差した。
「…姉上。こちらの銀細工の方が、姉上の髪の美しさを引き立てるかと」
「いや、雪藍にはこちらがいい」
朱華が手に取ったのは、瑠璃と宝石で飾られた、豪華絢爛な簪だった。
「国一番の宝には、国一番の宝石を」
「…華美すぎます。姉上の本来の美しさを損なう」
「俺の妃を飾るのに、華美すぎるということはない」
二人は、簪を挟んで火花を散らす。困り果てた雪藍は、
結局、「お二人のお気持ちだけで十分ですわ」と、どちらも受け取らずに、そっとその場を離れた。
残された二人の男は、少しだけ気まずそうに顔を見合わせるのだった。
章3:本当の贈り物と、家族の帰り道
簪の攻防で少し疲れた三人は、川辺の茶屋で一休みすることにした。
朱華と凛が、まだ少し気まずい雰囲気でいる中、
雪藍が「実は…」と、今日こっそり買っておいた二人への贈り物を、それぞれの前に差し出した。
朱華へは、彼が執務中に心を鎮められるよう、特別な配合の香木。
凛へは、彼が読んでみたいと言っていた、難しい歴史書。
「…お二人とも、今日はわたくしのために、ありがとうございました。これは、ほんのお礼です。
…わたくしには、高価な簪よりも、お二人がそばにいてくださることの方が、ずっと嬉しいのですから」
予想外の贈り物と、その言葉に、朱華も凛も、完全に不意を突かれた。
自分たちが彼女に何かを与えることばかり考えていて、彼女が自分たちのために何かを用意してくれていたことに気づき、感動で言葉を失う。
帰り道。
朱華は、照れくさそうに、しかし以前よりもしっかりと雪藍の手を握っていた。
凛は、少しだけ距離を置いて後ろを歩きながら、贈られた本を、宝物のように大事に抱きしめている。
その横顔には、これまで見せたことのない、穏やかで、満足そうな笑みが浮かんでいた。
その光景は、誰が見ても、温かい「家族」そのものだった。




